第126話 勝手に動いたらダメ!

 ミシェルさんと本音を話し合い、ナイテア王国との和解に向けて一歩進んだ夜だった。時間は遅くなってしまったけど、無事に部屋へ戻ってベッドの上で横になる。


「ふぁ~~」


 大きなあくびをすると、急に眠気が襲ってきた。今日はいろいろとあって凄く疲れた。これからもっと大変なことになりそうだし、そろそろ寝よう。


 解決に向けて動いている手応えを感じながら瞼を閉じる。


 夢は全く見なかった。




 そして翌日。周囲が騒がしいことに気づいて目を覚ます。ブルーベルさんが派手に迎えに来てくれているのかなと思ったけど、耳を澄まして声を聞いてみると少し違いそうだ。


「……船が…………攻めに…………」

「ありえない…………宣告……」

「………………死者が…………」


 少し物騒な単語が聞こえた。ベッドから体を起こして外を見ると太陽は高い位置にあった。お昼ぐらいの時間までねてしまっていたみたい。


 朝にはベルさんが迎えに来るはずだったんだけど……なにかあったのかな?


 嫌な予感がする。


 すぐに着替えよう。寝巻きを脱いで下着姿になると急にドアが開く。


「やばいよ! イオディプス様!」


 入ってきたのはベルさんだった。慌てていた顔をしていたけど、僕を見るとつーと鼻血が出て動きは止まる。すぐに顔を手で隠しながら、隙間を作って凝視する。


「すぐ着替え終わるので、後ろを向いて待っててください!」


 言われたとおり、くるりと回転してくれた。


 襲われなくて良かったと思いつつも、クローゼットから洗った服を取り出して身につけていく。その間にも廊下からドタバタと走る音が聞こえていて、逼迫した声が僕の耳に届いた。


「ブルド大国からの使者に料理を出して!」


 この場で聞きたくない名前だ。昨日、ミシェルさんが教えてくれた戦争を仕掛けてくるかもしれない相手が、一日も経たずに来てしまったようである。狙いは貴重なスキルランクSSを持つ僕であることは明白だった。


「着替えが終わりました」


 すぐにベルさんは僕を見てくれた。


「ブルド大国は僕の奪還を理由に来たんですか?」

「あぁ、聞こえちゃったんですね……」

「隠し事はなしで。何が起こったのか教えてください」


 鼻血を拭き取りながらベルさんが口を開く。


「港の近くにブルド大国の旗を掲げた大型船が三隻きてるんだよね。甲板には数十名に及ぶ騎士の姿も確認できていて、私たちに圧力をかけてきている状況、ってとこかな」

「……戦争になるんですか?」

「まだ攻撃されてないから今は大丈夫」


 戦力を見せつけて圧力をかけているのかな。


「ここには戦える人なんて、ほとんどいないですよね。降伏されるのですか?」

「…………相手の条件次第かな」


 例えば僕を引き渡せと言われたら、受け入れることはないだろう。自ら手放すのと脅されて手放すのじゃ、結果は同じでも印象は違うからね。


 ミシェルさんが泣いていた姿を思い出す。


 心が締め付けられた。


 助けてあげたい。


 幸いなことに相手の狙いは僕だ。問答無用で攻めに来てないところから、交渉だけで手に入れたいという思惑も透けて見える。きっとスキルブースターを警戒しているのだろう。どこまで情報が漏れているかはわからないけど、人数制限なしでスキルランクを上げられることぐらいは知っていても不思議じゃない。


「使者と交渉しているのはミシェルさんですか?」

「他にもブルーベルも同席しているよ」

「じゃ、僕も参加するので案内してください」

「何を言っているの! ダメだって!」


 思わず叫んでしまうほどベルさんは驚いたみたい。


「ブルド大国は僕を渡せと言ってきているんですよね? ミシェルさんはどっちを選んでも大きな問題を抱えることになるけど、僕が勝手に判断して動いたことにすれば現状より悪くなることはありません」


 圧力に負けて僕を引き渡す決断をしてもナイテア王国から怒りを買ってしまう。多額の賠償を求められるだろうし、スカーテ王女が感情的になったら最悪は戦争だ。逆にブルド大国の要望をはね除けても、ここが戦場になって多くの人が死んでしまう。


 平和的に解決するための交渉が必要だ。

 しかもミシェルさんじゃなく、僕が主体になる必要がある。


 勝手に交渉を進めれば責任は僕のものになるので、ミシェルさんは止められなかった罪ぐらいまで軽くできるはず。


「そうかもしれなけど……いいのかな…………どうしよう、わかんない」

「今は早く動くべきです。悩むぐらいなら案内してください! ダメなら勝手に探します!」


 部屋を出ようとすると手を掴まれた。握りつぶされそうなぐらい力強い。顔が歪むのを自覚しながらも振り返る。


「ブルド大国の人間に見つかったら誘拐される。勝手に動いたらダメ!」

「だったら僕のお願いを聞いて!」

「わかった! 案内するから、そんな目で見ないで……悲しいよ……」


 怒りによって睨みつけていると勘違いされてしまったみたい。痛みを我慢して、いつもどおりの表情にする。


「少し焦っていたみたいです。ごめんなさい」

「ううん。私も悪かった。イオディプス様が言っていることは間違いじゃない。ただ正解かと言われたら悩むけど……ミシェル様を助けられる可能性があるなら賭けるよ!」

「ありがとう!」


 ベルさんの同意は得られた。


 男の姿のまま、ベルさんと一緒にブルド大国の使者がいるという外交用の応接室へ入る。


 長いテーブルを挟んで手前にミシェルさんとブルーベルさん、奥の方に初めてい見る女性がいた。両サイドをハーフアップした紫色のセミロングの髪が特徴的で、額に一本の角がある。黒い目は鋭い。武人のような気配を発していて、女性なのに王子様という印象を持った。


 革鎧を着たまま椅子に座っていて、後ろの壁には大剣を立てかけてある。


 彼女がブルド大国の大使、そして戦士であることは間違いないだろう。


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