第125話 ブルド大国の狙いは僕ですよね
ヘイリーさんと再会して部屋に戻ったけど、焼き印のことが忘れられず心にモヤモヤとした気持ちを抱えている。
今できることはなく、ブルーベルさんの結果を待つしかないんだけど、それがもどかしい。夕食を食べてお風呂に入っても改善されず、むしろ悪化してしまう。無力感へ変わって知ってしまい、ベッドで横になっても寝れなかった。
「気分転換しよっと」
部屋に設置された魔石で動くランタンを持つと光を付けず、ゆっくりとドアを開く。外を覗いてみると、監視と護衛を兼ねて警戒しているはずの女性は寝ていた。
通路の窓から月明かりが差し込んでいるので、ギリギリ視界は確保できている。音を立てずにゆっくりと部屋を出てしばらく進み、角を曲がると大きくため息を吐いた。
「ふぅー。緊張した」
バレたらお説教されるという緊張感があったから心臓がバクバクしている。何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、変身のブレスレットを使って先ほどドアで寝ていた女性の姿に変える。これで見つかっても僕だとバレないはず。
ランタンに明かりを入れて階段をのぼる。外につながっていそうなドアを開けると、壁のない通路に出た。
温かい風が吹いていて気持ちが良い。空には星がいくつもちりばめられていて、見ているだけで心を癒やしてくれる。通路の中央まで進むとランタンのスイッチを切って床に置く。
目を閉じると風に乗って薄らと潮の香りを感じられた。
この島は平和で優しい人たちが多い。男に振り回されてしまう性をなんとかしようと努力している姿も凄いと思った。尊敬する人たちばかりで、一緒に暮らしていて楽しかったのは間違いない。けど僕は、ナイテア王国に戻らなきゃいけないんだ。
ブルーベルさんが幼なじみという関係を使ってミシェルさんを説得しているけど、失敗する可能性も充分にあって、強制脱出を選ぶ未来もある。もしそうなったら、ミシェルさんは僕を取り戻すためにどんな手段だって使うはずだ。
そこまでいったら、誰も引っ込みがつかなくなる。
争いは激しくなり、この島は戦火に見舞われるかもしれない。
それは嫌だ。
「やっぱり僕もミシェルさんを説得するべきなのかなぁ~~」
男のお願いなら大抵の女性は聞いてくれる。体を使っても交渉するべきだろうか。いや、それはダメだ。レベッタさんたちが悲しんじゃう。他の方法を考えないと……。
「はぁ」
考えがまとまらずため息を吐くと、人の気配がしたので振り向く。
「そのお声は、イオディプス様?」
誰とも会わないと思って油断した。声を変え忘れて、ミシェルさんに正体を見破られてしまった。ごまかせそうにないのでバングルの魔道具の力を切る。これで元の姿に戻った。
「眠れないから夜風をあたりに来ちゃいました。ミシェルさんは……」
しっかりと顔を見てようやく異変に気づいた。なんと泣いているのだ。
僕が驚いている間に腕で目をこすって涙を拭き取った。
「何かあったんですか?」
「いえ、なにも……」
絶対に嘘だ。ブルーベルさんとの話し合いで悲しむようなことがあったんだ。
すごく気になるけど、立場もあってプライドも高そうなミシェルさんが簡単に話してくれるとは思わない。焦らず、ゆっくりと聞きだそう。ミシェルさんの近くまで歩いて、そのまま座る。
「隣どうですか?」
「…………では、失礼します」
誘いに乗ってくれて座ってくれた。心は一歩近づいた気がする。
肩が触れ合うぐらいの距離にいるミシェルさんの横顔を見ると、頬に涙の跡がくっきりと残っていた。
「夜って良いですよね。心が落ち着きます」
「私もそう思います」
「だからここまで来たんですね。それだと僕と同じだ」
「…………もしかしてイオディプス様も何かあってここに来たんですか?」
落ち着く場所にいたいと思うには、相応の理由があると思ったみたい。
ミシェルさんの心を開くには、先に僕の秘密を打ち明けた方が良いだろう。何を話すか少し悩んだけど、ずっと誰かに言いたかった内容を選ぶことにした。
「そうですね……考えても答えの出ないことで悩んでいました」
「人に話せば気持ちが楽になるかもしれません。無理にとは言いませんが、よければ私に話してみませんか?」
さすが聖女様だ。泣いていたばかりだというのに他人の心配をしている。
素直に話すと決めているので、 ゆっくりと口を開いた。
「実はですね、僕には女性に暴力を振るう父親の血が流れていて、いつか目覚めてしまうんじゃないかって不安なんです。毎晩、ベッドの中で震えているんですよ」
否定していてもいつかは親と同じ道を歩むかもしれない。一度でも暴力を振るってしまえば、その快感から逃れられず、依存してしまうのではないか。そういった恐怖は常にあり、だから過剰とも言えるほど女性に優しくしている。
結局の所僕は、打算ありきで優しくしているだけで、本当の姿はもっと醜いんだよね。
「優しいイオディプス様は、決してお父様と同じにはなりません」
「かもしれないし、違うかもしれない。誰にも分からないですよ」
言いながらミシェルさんの手を握った。
驚いてはいたけど強く握り返してくれたので、受け入れてもらえたようだ。
「だから僕は暴力に目覚めないよう、女性たちが傷つく姿は見たくないし、傷つけないよう行動しているんです。ミシェルさんに優しいと言われた男は、結局の所、自分のことしか考えられない身勝手な男なんです」
「そんなことありません。ますます、貴方のことを好ましく思いました」
抱きしめられてしまったので、首筋に顔を埋める。
静かにミシェルさんの話を聞くことにした。
「人は誰しも自分が一番大事だと思っています。その上で、どこまで他人に優しくなれるというのが重要じゃないでしょうか」
「そうなんですか?」
「これは私の偏見かもしれませんが……自分のこと、特に自らの命をどうでもいいと思っているような人は、この世に大切なものがなにもないと言ってるようなものです。当然、他人のことなんて興味持ちませんし、傷ついても気にしません。そんな人が素晴らしいとは思えませんね」
女性のためなら死でも後悔しないと思っていた僕に深く突き刺さる言葉だった。皆のことを考えるのであれば、自分を大切にしなければいけない。でなければレベッタさんたちが悲しんでしまうと気づかされてた。
最後の最後まで皆が幸せになれる道を探せと、叱咤激励されている気持ちになる。
「それにですね。実は私の方がもっと身勝手なんですよ。信者の方々が不幸になるとわかっていても、イオディプス様を手放したくないと思っているんです」
「戦争になっても、という意味ですか?」
「ええ、そうです。かのブルド大国が、ここを攻めてくる可能性が高いと言われても、自分のことしか考えられない女なんです」
泣きながら自分を責めるように言っていて、心が痛くなった。
ナイテア王国だけじゃなく他の国とも戦争するかもしれないのであれば、余計に早く僕の問題を解決しなければいけない。
今日、説得するんだという意思を固めた。
「ブルド大国の狙いは僕ですよね?」
「間違いありません」
「だったら、ナイテア王国に戻れば戦争は回避できます。どうか僕を解放してもらえませんか」
「…………」
黙ってしまった。信者たちの安全と平和、そして僕を天秤にかけて悩んでいるのだろう。拒否されなかったことは一歩前進とも考えられるけど、いつ攻めに来られるのかわからないのだから、できればすぐに答えを出して欲しい。せっかちな男は嫌われるとわかっていても、じっくりとなんて待てなかった。
「僕はナイテア王国のみんなと同じぐらい、この島に住んでいる人たち、そしてミシェルさんを大切に思っています。スカーテ王女と交渉して重い罪にならないようします。信じてもらえないでしょうか」
面子の問題もあるので誘拐の実行犯は無罪とはいかないだろうけど、なんとか罪状は軽くしてあげたい。
「…………創造した男性が見えなくなったんです」
脈略のない言葉だったけど、ミシェルさんにとっては重要なことに思えた。心を開いてくれたのかもしれない。絶対に邪魔をしたらいけない。黙って続きを待つ。
「聖女だと言われているのに、一般信徒でもやっていることができないんです。未熟な私は男性がいない世界では耐えられません。……寂しい……今、イオディプス様と離れたら生きていけません」
抱きしめたまま上目づかいで僕を見ている。
慰めの言葉はあまり意味がない。今は信じられる思い出が必要なんじゃないかな。
顔を近づけて頬に唇をつける。ちゅっと音がした。
「いいいいいいいイオディプス様!?」
「これで僕が大切に思っていることは伝わりましたよね。もし投獄されてして寂しいのであれば毎日会いに行きます。僕を信じてください」
顔を真っ赤にして動揺しているミシェルさんを真っ直ぐ見る。目を背けようとしたので両手で頬をはさむ。むにゅっと言いそうな表情になった。それがまた、かわいい。
「罪深い私を許すだけじゃなく、貴重な時間を使って会ってくれるんですか……?」
「ええ。もちろんです」
ミシェルさんが心配という気持ちもあるので嘘じゃないけど、大きな目的は戦争の回避だった。
「本当ですか?」
「はい」
「お風呂には入れず、地下牢で薄汚れたとしても会ってくれますか? ちょっと臭うかもしれませんよ?」
「もしそんな状態だったら環境を改善するよう動きます」
「スカーテ王女が面会禁止にしたらどうします?」
「皆を連れて他の国へ逃げてやるって脅しますよ」
あえて軽い口調で言ってみたのが良かったみたいで、くすりと笑ってくれた。
ミシェルさんの体から力が抜けていく。
「…………わかりました。イオディプス様を信じます。明日、ブルーベルの船に乗ってナイテア王国へ戻ってください。誘拐の犯人として私も同行して自首します」
「即断しましたね」
「元々、そうした方が良いとは思っていましたから」
すると、僕が最後の一押しをした感じになるのかな。もしそうなら責任を取るためにも頑張らないと。
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