第124話 ブルーベル:ポンチャン教の信者を助けるために必要なことなの

「手を打ったってどういうこと? ブルーベルは何をしたの?」


 ペタリと座り込んだミシェルは、いつもと違って弱々しい声だ。救いを求める信者のごとく、顔を上げて私を見ている。


 男一人で、ここまで変わってしまうのか。イオディプス君の魅力は恐ろしいな。傾国の男子と称しても納得できる。


「ナイテア王国のスカーテ王女と取引したんだ。イオディプス君を国内へ戻す代わりに、男性特区内の居住許可と本人との子作り交渉権をもらったんだよ」

「それってブルーベルだけが得する内容だよね? 私は関係ない」


 のけ者にされて嫉妬している。


 まったく、手のかかる幼なじみだ。


「私がそんな甘い条件で終わらすはずないでしょ。ちゃんとミシェルにも得があるように動いている」


 商人として悪いことも沢山してきた。人を殺すようなことはしてないけど、敵対した商会を破滅させることぐらいはしている。悪魔なんて言われたことも一度や二度じゃない。悪評だって広がっているというのに、幼なじみというだけで聖女と名高いミシェルは関係を変えることなく付き合い続けてくれた。


 その恩を忘れたことはない。


 今回、突発的行ったイオディプス君の誘拐はナイテア王国だけじゃなく、ブルド大国までも動かす大問題に発展している。ボレル島に匿っていても、強襲されて奪われてしまうだろう。それも数日以内にだ。商人仲間が戦の準備のために武器を大量に売っている話を聞いているので、推測は高い確率で当たる自信がある。


 だからこそ、今ここでミシェルを説得しなければならない。


 ここが勝負所だと気合いを入れ直す。


「イオディプス君の奪還に協力したポンチャン教の信者も、同様の権利を与えるってスカーテ王女は約束してくれた」

「それって私も含まれるの?」

「もちろん。例外はないと家臣の前で宣言していたよ。彼女なら必ず守ってくれる」

「気持ちは嬉しいけど……それってポンチャン教を裏切れってことだよね? 慕ってくれる信者を捨てて私だけ助かろうって考えだよね?」


 そういう受け取り方もあるけど、実際は違う。逼迫した国際事情を教えて認識を変えてもらわないと。


 私はミシェルを助けるんだから。


「逆だよ。ポンチャン教の信者を助けるために必要なことなの」

「どういうこと? ブルーベルは何を考えているの?」

「イオディプス君を誘拐したとき、ミシェルは大きな失敗をした。そのせいでボレル島はブルド大国の侵略対象になったんだ。数日以内に強襲部隊が上陸してくるはず。狙いはイオディプス君だと思うけど、もしかしたらミシェルも狙われるかもしれない」

「あそこの貴族にはポンチャン教の信者が多くいるから大丈夫だって。心配しすぎ。あの国には複数の騎士団を配置しているから、襲ってきたら返り討ちにできるよ?」


 現状の認識が甘くて思わずため息が出てしまった。この親友はポンチャン教の聖女としては優秀なんだと思うし、人々を引きつけるような力もあるけど、政治的な視点は欠けているから危うい。助けてあげなきゃ。


「イオディプス君と子作りできる権利がもらえれば、貴族なんてすぐに手のひらを返すから当てにはならない。ポンチャン教の騎士団は強力だけど、プレル島にはいないよね? 今晩、ブルド大国の騎士が襲ってきたら対抗できる力はある?」

「…………ない」

「そうだよね。ミシェルはポンチャン教を襲う国ってのを想像してなかったもんね」


 立ち上がると彼女の前で膝をつき、優しく抱きしめる。


 耳元に口を近づけた。


「本気でイオディプス君を自分の手の中に収めたかったのなら、誘拐する前にすべての騎士団をボレル島に集めておくべきだったんだ。それをしなかった時点で、計画は失敗するしかなかった。今のミシェルならわかるよね?」


 イオディプス君がもっているスキルブースターについては、スカーテ王女から少しだけ話を聞いている。


 助けたいと思う対象じゃなければ発動しないらしい。ボレル島に滞在して関係を深める前に動けば、SSランクとはいえスキルが発動せずに勝てる見込みはあるのだ。逆にナイテア王国へ戻ってしまうと、スキル発動対象者は国中に広がるかもしれないので手を出しにくくなる。欲深いブルド大国は、今が最初で最後のチャンスだと息巻いていることだろう。


 付け加えるなら、聖地を叩き潰すことによってポンチャン教の影響力を下げる目的もあるんじゃないかな。これは完全な私の憶測でしかないけど、権力を集中したい王家からしても動機は充分にあるよね。


「ブルーベルはイオディプス君を返さないと、島に住む皆が殺されるかもしれないって言いたいんだね」

「うん。ようやく分かってくれたんだ」


 テストに正解した生徒を褒めるように、抱きしめながら頭を撫でる。


「ねぇ、ミシェル。明日の朝、イオディプス君を船に乗せてナイテア王国に戻ってもらおうよ。彼にも協力してもらってポンチャン教に大きな罰がくだらないようお願いしてもらえば、最悪の結果は避けられるよ」


 さすがに無傷とはいかないけど、ブルド大国に蹂躙される寄りかはマシなはず。


「少し考えさせて……」

「ブルド大国が動いているのは間違いない。だから時間がないの。明日の朝までに結論を出してもらえる?」

「がんばる」


 心の中の彼氏がいなくなって不安で仕方がないのはわかるけけど、イオディプス君を手に入れてしまったのだから世界は待ってくれない。友人として、正しい決断をしてくれると信じているからね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る