第120話 ヘイリーさんでも驚くことがあるんですね

 変装しているおかげで誰も気づいていない。逃げ出すのに有効な道具だからこそ取り上げられていたんだ。小麦倉庫の一件がなければ、今もミシェルさんの手元にあったんだろうなぁ。あの時は何も考えずに悪いことをしてしまったと反省したけど、結果的に行動して良かったと思っている。


 城内を歩いて客人を泊めるエリアに来たけど、部屋が多すぎてどこにいるかわからない。通路の左右を見て誰もいないことを確認してから、ドアに耳を密着させて音を拾ってみるけど、何も聞こえなかった。外からじゃわからない。ドアを開けて確認しないといけないんだけど、知らない人が入ってきたらミシェルさんに通報される可能性がある。不自然にならない形で、中に入れないかな。


 考え事をしていると、人の来る気配がしたので曲がり角に隠れて様子を見る。


 ミシェルさんだ!


 見た目が変わっているから僕だと気づかないだろうけど、なるべくなら出会いたくはない。この場から離れて居なくなってから戻ろう。後ろを振り向いて歩き出す。


 むにゅ。


 僕の顔を柔らかい二つの山が包み込んだ。すごく落ち着く感覚だ。どこか懐かしくも思えて抗いがたい魅力がある。


 女性とぶつかったのはすぐにわかったので、離れようとしたら抱きしめられてしまう。頭に女性の鼻が遠慮なく当たると、クンクンと匂いを嗅がれてしまった。犬みたいだ。


「あの……」


 離してくださいと言う前に体を持ち上げられ、肩に乗せられている。


 騒げばミシェルさんに気づかれてしまう。助けを求めることはできず、首を動かしても僕を運んでいる女性の姿まで確認出来ない。さすがに殺されるようなことはないだろうと思って、無抵抗を選んだ。女性はすぐ近くにあるドアを開いて中に入ると、僕をベッドの上に投げ捨てる。


 ようやく犯人が見えた。


「レベッタさん?」


 探していた人物だった。鼻息が荒く、涎を垂らしている。


 再開できた嬉しさなんて吹き飛んで、らしいなと思って口元が緩んでしまった。


 僕だとわかってもらうために指輪を触って元の姿に戻った。


「匂いで分かったよ。イオ君だよねっっ!!」

「そ、そうだけど……」


 やっぱり様子がおかしい。目がグルグルとしていて理性が吹き飛んでいるように見える。これは勘違いじゃないだろう。男の本能が襲われると囁き、下半身に力が入る。


 指をクネクネと動かして、にじり寄ってきた。

 座ったまま後ろに下がるけど、すぐ壁に当たって逃げ場を失う。


 獲物を追い詰めたと思ったみたいで、服を脱いで下着姿になったレベッタさんが跳躍した。


「ばか。落ち着け」


 横からヘイリーさんがやってきて跳び蹴りを当てると、レベッタさんは吹き飛んで部屋から強制退出してしまう。死んではないと思うけどケガしてないかな。


「……え? イオ君! どうして!?」

「あはは。ヘイリーさんでも驚くことがあるんですね」


 よくわからない島にきても、彼女たちは変わっていない。いつも通りだ。それが嬉しくて涙が出てくる。僕にとって彼女たちの日常は、なくてはならない大切なものだったんだと気づかされた。


 ポンチャン教が何を言おうとも絶対に帰るぞ。


 決意を新たにしているとヘイリーさんの顔が近づいてきた。眠たそうな目が僕を見ている。息がかかるほどの距離でドキドキしてしまい、耳が赤くなっているのを自覚する。恥ずかしいと思う気持ちと、これから何をされるのだろうという期待感が混ざり合って待っている。


 ぺろり。


 小さく舌を伸ばしたヘイリーさんが、僕の目尻あたりを舐めた。


「しょっぱい。けど美味しい。これがイオ君の涙の味なんだね」

「ずるーーーい!!」


 走って戻ってきたレベッタさんが抱きついてきた。しゃぶりつくように目の周りを舐めてくる。テレビで見た大型犬のような動きに、思わず笑ってしまう。


「私、おかしなことしているかな!?」

「ううん。そんなことないよ」


 涎だらけになった顔を袖で拭いながら、レベッタさんの肩を掴んで優しく離す。


「ただいま。二人とも元気だった?」

「もちろんっ!!」


 また我慢できなくなったようで離れたはずのレベッタさんは、僕を押し倒して覆い被さった。ヘイリーさんは僕の股間部分を触り、匂いを嗅いでいる。


「イオ君成分が補充される……」


 静かにおかしなことをするのは、ちょっと止めて欲しい。嫌ではないんだけど怖いんだよね。


「お前たちうるさいぞ。せめてドアを閉めろ」


 部屋に入ってきたのはルアンナさんだ。後ろにはちょっと前に見かけた褐色肌をした商人の女性もいて、床に金属製の四角い箱を置く。魔道具みたいで淡い光を放ち始めた。


「防音装置を置いたからもう大丈夫。暴れても外には漏れないよ」

「プルベール、これはそういう言うことじゃないだろ」

「じゃ、どういうこと? これからお楽しみタイムになるんでしょ」


 商人の女性はターバンを取ると、金色の長い髪がでてきた。さらに服を脱ぎ始めて浅黒い肌が露わになる。下着は白いのでコントラストが魅力的だ。しかも少し透けているのでアンダーヘアまで見えてしまう。もう誘っているとしか思えず、目が離せないでいた。


「いい男。私も楽しんでいいんだよね?」

「イオディプス君との交渉権を与えるだけだ。決定権は彼にある」


 ルアンナさんは毅然とした態度で言うと、脱ぎ捨てられた服をプルベールさんに押しつける。


「だがそれも、すべてが終わってからだ」

「ちぇっ。騎士の頭はお堅いねぇ。ちょっとぐらいいじゃん。貴方だって興味あるでしょ?」

「遊びほうけてミシェルたちに計画がバレたら、その先の未来はなくなるぞ」

「…………ちっ。今回はルアンナが正しいね。確かに今は仕事を優先しましょう」


 目的を思い出してくれたようで、プルベールさんは服を受け取って着てくれた。


 絡みついていた二人も離れてくれたので、ようやくまともに話せる状況になったよ。


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