第119話 割っちゃうか

 ベルさんが呼んでくれた医者に診てもらったけど、どこにも異常はなかった。環境の変化による疲労と判断されてしばらくは安静して欲しいと言われてしまった。外出は禁止になってしまい自由は奪われてしまったけど、城内は自由に歩けるのでレベッタさんたちと会うことはできそうだ。


 ただドアの前には警備をしている兵の女性が二人居るので、ドアから出たらすぐにバレてしまう。散歩すると言ったら同行してくるだろう。


 そんな状況でレベッタさんと話しても迷惑をかけてしまうだけ。向こうの事情も知りたいので一人で会いたい。


 ドアからは出られない。あるとしたら……窓だ。結構大きいので体を通すのは簡単だ。ベランダと言うには、小さい足場みたいなのはあるので、壁を伝って隣の部屋には行けるだろうけど、今回は横に移動しない。実はこの下は空き部屋になっているので、シーツを使って下がった方が勝算は高いはず。危険なのは間違いないけど試す価値はあると思った。


 ベッドに座り込んでシーツと掛け布団を結び、長めなロープにする。ベッドを窓際まで移動してから足に結んで外に出した。ロープのように伸びて下の窓にまで届いている。長さは充分だ。軽く引っ張って結び目がほどけないことも確認している。あと必要なのは、僕の覚悟だけ。


 パチン! と音を立てて頬を叩く。


 ヒリヒリとして痛いけど、気合いは入った気がする。


 窓の枠に足をかけて乗っかると恐怖心が湧き出てくる。僕が居る場所は四階か五階ぐらい。落ちたら死ぬ可能性が高い。少なくとも重傷を負ってしまうだろう。回復系のスキルを使って助かるか、どうか、って感じかな。大人しくしていれば、こんな危険なことをしなくて済むのは間違いない。バカなことをしている自覚はある。けど、僕はレベッタさんたちに会って、言葉を交わし、抱きしめたいのだ。


 この情動を抑えるなんてできない。


 絶対に計画を成功させるんだ。


 決意は固まった。恐怖を押し込めてシーツを握り体を外に出すと、少しずつ下の階に向かって行く。


 海が近いから風は強く、髪が乱れる。体も揺れてしまう。不安定な状態だけど絶対に焦ったらダメ。慎重に動いて下の階の窓枠に足を乗せる。


 このとき、ものすごく強い風が吹いた。シーツが大きく揺れて足が離れる。バランスを崩して落ちそうになったので、慌てて手に力を入れて強く握る。足がブラブラとしてしまったけど、なんとか無事だ。足を動かして勢いを付けてシーツを動かし、再び窓枠に足を乗せる。今度は風に邪魔されず体重をしっかりと乗せることができた。


 シーツを握りながら室内を覗く。物置になっているみたいで椅子やテーブルが乱雑に置かれているだけ。予定通り誰もいない。侵入しようとして窓を押すけど開かなかった。鍵がかかっているみたい。空き部屋なんだから当然だよね……。


 こうなっていた場合の対応を考えてなかった。ピッキングなんて技術は持ってない。他の部屋に行っても、都合良く窓が開いているか分からず、また誰かいたら見つかってしまう。


「割っちゃうか」


 痕跡は残るけど、レベッタさんたちに会ったことさえバレなければ言い訳はできる。最悪の事態は回避できるはずだ。


 できるだけ音を立てないように、力を抜いて何度かガラスを叩く。あまり品質は高くないようで薄かったこともあり、パリンと乾いた音を立てて簡単に割れてしまった。穴に腕を入れて鍵を回すと簡単に開く。


 施錠が単純な仕組みで助かったよ。


 部屋に入って足が床に付くと、ようやく安心出来て力が抜けてしまった。壁により掛かるとズルズルと床に座り込む。魔物と戦った以上の緊張をしていたんだと、今さらながらわかった。帰りはシーツを使って登らなきゃ行けないんだよなぁ。気が重くなってしまうので、その事実は忘れるためにバングルを撫でる。


 誰にも僕だとはバレたくないので、いつもとは違う人をイメージする。


 日本人だと目立ってしまうのでこの世界の人が良いな。かとって全くの別人になってしまうと、レベッタさんに会っても僕だと気づかれないかもしれない。


 一目見ただけで僕かもしれないと思ってもらえるには、共通の知り合いが良いかな。


 体格が大きく違うと違和感がもたれそうだからメヌさんは除外だ。羽や尻尾の動きも再現難しそうなのでドラゴニュートのアグラエルさんもパス。スカーテ王女はミシェルさんが顔を知っているので、見つかったら大変だ。必ず尋問される。


 すると残されたのはテレシアさんか。身長は僕よりもあるけど許容範囲で耳が長い以外は人間と見た目は同じだ。またパーティーにも参加していなかったので、仮にミシェルさんに見られても気づかれる可能性は低い。悪くない人選だね。よく思いついたと自画自賛しながら、彼女の姿を思い浮かべて幻影を作る。


 これで美女のダークエルフ、テレシアさんに見えるはずだ。


 服装はポンチャン教が着ているものにしているので、歩いていても違和感はない。バッチリだ。


 これで部屋から出ても大丈夫だろう。


 立ち上がってドアの前に立つと鍵を開けて小さく開く。廊下を見るけど誰もいない。


 チャンスだと思って部屋から出て素早く閉める。


 話し声が聞こえてきたので、ゴホンと小さく咳をしてから慌てずゆっくりと歩き、近づいてきた信者さんに軽く会釈をして通り過ぎた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る