第118話 商人はすぐ帰ってしまうんですか?

 僕が知らなかっただけで城内には多くの奴隷がいるみたい。ユニコーンの世話から始まり、トイレや風呂の掃除、重たい荷物の運搬、信者用の料理……などなど、色んなところで活躍している。その女性たちの全員が胸にさらしを巻いている状態で、肩の焼き印が見える。それを目撃する度に痛々しく感じてしまい、どうにかしてあげたいと思ってしまう。


 回復系のスキルを持っている女性にスキルブースターを使えば、傷跡残さずに消せるはず。先ずは目的のスキルを持っている人が居ないか、探してみよう。その後はミシェルさんと交渉して、焼き印を消すように依頼するんだ。奴隷の印であれば別に首輪とかでも良いしね。やりようはあるはず。


 子種の一つでも提供すれば交渉は成立するかな。

 それとも教皇になる代わりにと言えば納得してくれるかな。


 気は進まないけど女性のためであれば、僕はどんなことでも耐えられる。


 頑張って説得しよう。そんなことを考えて通路を歩いていると目の前のドアが開いた。


 最初に出てきたのは見たことのない女性だ。頭にターバンを巻いていて浅黒い肌をしている。目は鋭くて油断してはいけないと、ポンコツな本能が教えてくれる。続いて通路に出てきたのはミシェルさん。いつも通り優しそうに見えるけど、なんだか影があるように感じた。悩みでもあるのだろうか。


 狐耳はピンと立っていて、少し警戒しているようにも見える。

 二人の関係が気になったので、ベルさんに聞いてみることにした。


「ターバンの人は誰ですか?」

「ポンチャン教と専属で取引している商人だね。食料、雑貨、家具、奴隷……依頼すれば何でも手に入れてくると有名だったりする」


 港で見た船の所有者なのかな。だとしたらすごくお金持ちなんだろう。男にも困ってなさそうに思えた。


「イオディプス様は、ああいう女に興味ある?」

「異性として気になったわけじゃありません。単純に二人の関係がきになっただけです」

「そういうことにしておくねー」


 会話が聞こえないぐらい離れていることもあって、商人とミシェルさんは僕たちに気づいていない。にこやかに話しながら歩き始める。すると、また他の人が部屋から出てきた。


 胸が大きくて、しっかりとした体格をしている。一見すると男装した麗人のように見える女性――ルアンナさんだ。


「どうして……」


 ナイテア王国のスカーテ王女を護衛している騎士で、この島にいるはずがないのに。目をこすってもう一度見る。姿は変わらない。やっぱりルアンナさんだ。続いてレベッタさんも出てくる。輝く三つ編みの銀髪は見間違えようがない。暴走しているように見えないから、僕の奪還作戦を実行中なのかな。女性に変装しているから僕に気づくことはないだろうけど、邪魔したら悪いので今は離れておこう。


「あの二人は秘書かな? 見たことない顔だから、また新しいのを雇ったのかなー。毎回、秘書が変わってしまうので名前が覚えられず困るんだよねぇ。女好きなのはわかるけど、もう少し節操をもってほしいな」


 ベルさんの説明が愚痴に変わった。


 男女の比率がおいかしいこともあって女性を囲う人もいるんだな。


「あ、あれは戦闘用の奴隷かな。護衛として一人帯同が許されているだよね」


 最後に出てきたのは剣をぶら下げたショートカットの女性、ヘイリーさんだった。上半身はタンクトップで肩には奴隷の焼き印がある。不意打ちだったので驚き戸惑ってしまう。


 僕の変化に気づかずベルさんは説明してくれているけど、頭に入ってこない。


 ルアンナさんたちと助けに来てくれたんだと思うけど、なぜ奴隷になってしまっているの。そんなことしてまで助ける価値なんてないのに。


 自分が原因で女性の肌に消えない傷を負わせてしまった。


 ずんと、胃が重くなって頭がクラクラしてしまう。バランスが取れず力は抜けていく。


「大丈夫ですか!?」


 ドワーフらしい力強さを発揮したベルさんが、抱きしめてくれたので転倒まではしなかった。


 こんなことじゃダメだ。僕がしっかりしないとヘイリーさんたちが、ここまで来た意味がなくなってしまう。気力を振り絞って力を入れて、しっかりと立つ。


 通路を見たら誰もいなかった。どこかに行ってしまったみたいだ。


「商人はすぐ帰ってしまうんですか?」

「輸入計画のすりあわせが必要なので通常は数日滞在する……って、そんなことどうでもいいから! 体調がすぐれないみたいだし部屋に戻ろう。医者を連れてくるから絶対に見てもらってね!」


 しばらくこの島にいてくれるのか。ちょっとだけ安心した。


 少し考えを整理したいので部屋に戻るのは賛成だ。


「わかりました。言う通りにします」

「よかった……」


 わがままを言わなかったのでベルさんは安心したようだ。


 また倒れそうになったら大変だと言われてしまい、小さい手をつなぎながら部屋へ向かう。お互い体温が伝わりあうだけじゃなく、肩がくっつくほど密着した状態で甘い香りがしてくる。普段の僕なら興奮していただろうけど、今はそんな気分にはならない。


 大きな問題を起こさず、どうやって皆が納得してくれる答えを出すか必死に頭を動かしているのだ。


 ナイテア王国とポンチャン教の全面戦争は避けたいから、今すぐルアンナさんたちと一緒に島から出ていくのは難しい。かといって、この状況が続けば取り返すため戦争に発展する可能性も充分ある。本当はもっと時間をかけて島やポンチャン教のことを理解してから、解決策を出したかったんだけど……ヘイリーさんの肩を見てしまったら、のんびりとしたことは言ってられない。


 少しでも早く、あの傷を消したいのだ。


 部屋に戻るとベルさんは医者を呼んでくると言って出て行ってしまった。


 ベッドに座って窓から外を見る。信者の人たちは井戸の近くで楽しそうに談笑していた。


 この平和な日常を崩したいとは思わない。皆が幸せになる道を探したい。これからどうしようかとずっと悩んでいたけど、答えは出てこなかった。

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