第117話 奴隷として働いております

 船での時間は平穏だった。


 問題なんて一切起こらず、また襲われそうになることもない。綺麗な女性と二人っきりで静かに過ごしていたのだ。


 この世界に来てから一度も感じたことのない安心感に満足してしまい、不覚にももう少しこのままでいいかなと思ってしまった。


 けど、これは願ってはいけないこと。


 僕の帰りを待っている人たちがいる。戻る場所があるのだ。義務とかじゃなく、大切な人たちに心配をかけたくないという自然な感情に突き動かされている。


 ただまぁ、それにちょこっとだけ、彼女たちが暴走するんじゃないかって気になっている自分もいて、そわそわしていて心が落ち着かない。奴隷やレベッタさんたちのことを思い出して何かしたくなってきた。情報を集めるだけじゃなく、そろそろ脱出するための計画を立てようかな。


「風が吹いてきましから帰りますー?」

「そうしましょうか」


 タイミングよくベルさんが提案してくれたので、陸に戻ろうと決める。女性の姿に戻ってから着岸すると港で待機してくれていた馬車に乗って城に帰った。


 部屋に入ったら一人で考え事をしようと思って歩いていると、周囲が少し騒がしいと気づく。


「何があったんですか?」

「聞いてみるよ」


 ベルさんが廊下を早歩きで進み動力と思われるメイド服を着た女性に声をかけた。山羊の角が生えているので獣人なんだろう。


 数回言葉を交わすと必要な情報は手に入ったみたい。


 すぐに戻ってくる。


 話しかけられた獣人のメイドさんが手を振ってくれたので、僕も同じことをした。


「どうやら船にお抱えの商人が乗っていたようで、次回の輸入品についてミシェル様と面会されているみたいですね」

「外部の人が来たから城内が騒がしかったんですか?」

「それもありますが、今回は奴隷も多めに連れてきてもらったので、ちょうど今は配属とかで慌ただしくなっているみたい」


 港で見た檻に入った人たちが全員ここにきたのかな?


 どうしても日本の感覚が抜けないので奴隷制度自体に否定的な気持ちがある。むやみに文化を否定るするのは良くないとは分かっているけど、この平和な島には似つかわしくないと思ってしまうのだ。


 独善的な考えだと理解はしているんだよ。でもね、奴隷との理由だけで女性たちが酷い扱いをされていたら悲しい。嫌だ。


 もし城内で人権を無視した働き方をされていたら、僕の力を使ってでも改善したい。そう思ったら無意識のうちに口を開いていた。


「城内で働く奴隷を見たいのですが案内してもらえますか?」

「面白くないよ?」

「かまいいません」

「うーん。だったらいいかなぁ? 案内しますね~」


 急なお願いをしたのにもかかわらず、ベルさんは引き受けてくれた。


 石で作られた廊下を進み外に出ると、城から少し離れた場所にある馬小屋みたいな所へ着いた。


 馬車に使うユニコーンが数頭いる。馬と同じ管理方法をしているみたいで、通路を挟んで向かい合うように1頭ずつ小部屋が用意されていた。


「彼女たちは全員、奴隷として働いております」


 ベルさんは、食料のニンジンや水、寝床に使う藁の入れ替え作業をしている女性たちを指さして言った。


 みんな下半身はズボンに長靴という姿だけど、上半身の方は無防備だ。胸にさらしを巻いているだけ。肩甲骨辺りには焼き印があって痛々しく見える。あえて周囲に見えるようにしているみたいだ。


「労働時間は朝の六時から夕方の四時ぐらいまで。休憩は最低一時間あるかな」

「もっと長時間働いていると思っていました」

「酷使したら効率が落ちるので、最も生産性の高いスケジュールで管理しているんだよ」


 人権ではなく合理的な判断の下、まともな労働環境らしい。むしろ日本にいた社畜と呼ばれる方々の方が酷い状況なのかも。


「肩にある焼き印は奴隷の証で隠すことが禁止されているので、我々と見分ける際に活用してね」


 自然と言っているけど、あれは傷跡だ。一般的な感性があるなら隠したいはず。


 それを見せつけろと言っているのは酷いなと感じた。


 ベルさんは僕の心境の変化を察したようで、見上げながら言葉を続ける。


「彼女たちは犯罪や借金という理由で奴隷になっていて、イオディプス様が慈悲を与えるような相手ではないよ。気にしちゃダメ」


 差別意識が強い。


 この世界は好きだけど、こういった部分は受け入れられそうになかった。


「立場や身分によって接し方が変わってしまう人を信じないようにしているんです」

「そうなの? 素晴らしい考えだね」


 言いたいことが伝わってないみたいだ。ベルさんはきょとんとしている。


 身分の差が明確にある世界じゃ、理解されないんだろうな。


「だからですね。相手が奴隷だからといって態度は変えません。ベルさんが言った慈悲というものは、奴隷の方にも分け与えます」


 世間知らずだと自認しているので奴隷を解放してほしいとでは言わない。社会が混乱して、より大きな悲劇が生まれるかもしれないからね。


 だから僕はできることをする。優しく接すると決めていた。


「理解できないなぁ……なんでイオディプス様はそうしたいの?」

「すべての女性が例外なく幸せに過ごして欲しい。それが僕の願いなんです」


 子供っぽい考えだとは分かっているよ。理想論だってのもね。


 全員が幸せになる世界なんてないってことも知っているけど、それは諦める理由にはならない。


 足を止めてしまったら、そこで進歩は終わってしまう。


 今は不可能かもしれないけど、いつか理想の世界に辿り着けるかもしれない。そう信じて、自分の願いが叶う世界を作るために動くだけだ。


「意外と子供っぽい考えをされるんだ」

「文句でもあります?」

「いいえ。私は嫌いじゃないよ」


 バカにされるかなと思っていたら、ベルさんは気にいってくれたようだ。


「他にも奴隷が働いている場所はあるので見に行こうか」

「よろしくお願いします」


 実は他の場所だと劣悪な環境で働いている可能性もある。


 僕は全部見て回るつもりだった。


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