第116話 気持ちが良いですね
釣り場に移動しようとして海の方に歩く。
大量の人たちが窮屈そうにしている牢屋みたいな箱が近づいたのでチラッと中を見た。
「…………え?」
一瞬だけど青い髪の女性がいた。顔はしっかりと見たわけじゃないけど、身長や体格からしてヘイリーさんに似ている。
気になってもっと近づこうとすると腕を掴まれた。
「アレは仕入れたばかりの奴隷で教育が終わってないから、イオディプス様は近づいたらダメだよ」
女性の中でも特に力の強い種族がドワーフだ。強引に振り払おうとしてもびくともしない。奴隷というワードも気になるし、あの箱をもう一度見たい。自分という立場を使ってでもベルさんに交渉しよう。
「僕のお願いでもダメですか?」
「はい」
即答された。交渉の余地なしって感じだ。
驚いて言葉が出ない。
男性のお願いであれば何でも叶えようとする人が多い中、非常に珍しい。イマジナリー彼氏が居るからだろうか。
「先ほどの光景は忘れて釣りでもしましょうか。案内するねー」
無理やり腕を引っ張られて、その場を離れる。
抵抗しても無駄だろうな。奴隷の人たちが気にならないと言ったら嘘になるけど、ヘイリーさんだと確証がないので強くは出られない。勘違いであったらベルさんに迷惑をかけてしまうかもと思うと、今は様子を見ることにした。この島にいるなら調べる機会はあるだろうしね。
今は大人しくしておくべきだ。
抵抗せず、ベルさんに案内してもらって木の板で作られた桟橋に着た。湾内にあるみたいで波は弱い。
小さい椅子に座り、リールのない原始的な釣り竿を持っている女性が十人ぐらい居る。数メートル離れてるのでお互いの糸が絡まることはなさそうだ。
「ここは陸に近いので小型の食用魚が釣れるんだけど、イオディプス様もやってみる?」
「遠慮しておきます。それよりも、あの小舟で海に出てみたいです」
桟橋の近くに手こぎ用の小舟があった。横に二人並べそうで、最大でも五、六人ぐらいが乗れそうなサイズだ。
「今度は要望を聞いてあげたいけど……うーーん。どうしようかなーー」
すぐに許可が出ると思ったんだけど、ベルさんは頭を悩ませている。何か懸念があるのだろうか。
「海の魔物に遭遇する可能性があるので、島の近くという条件を認めてくれるのであれば大丈夫です」
ああ、そうだった。島が安全だから忘れていたけど、海は危険だった。
それについてどうするかベルさんは考えていたみたい。
「安全な場所だけで良いので海の上に出てみたいです」
「男の子のお願いだしなー。ま、いっか。魔物が出たら殺せばいいっしね」
なんか物騒なことを言いながら自己完結しちゃったみたい。
手をつないだまま引っ張られて桟橋を歩いて船の前に立つ。最初にベルさんが飛び乗ると、船が左右に揺れた。
転倒しないようにバランスをとりつつ、前方の席に座ってオールを手に取る。
「イオディプス様もどうぞ」
海に落ちたくないので慎重に足を伸ばして船に乗った。
グラグラと揺れて倒れそうになったけど、ベルさんが支えてくれたので無事だ。正面に座るとお互いに向き合う形となった。
あ、これって、ちょっとデートっぽい。恋人同士が公園の小舟に乗っている感じだ。
「では、出発ーーっ!」
オールが動いて小舟が進む。
水が光を反射してキラキラと輝いている。空に雲はなくどこまでも広い。
水面には魚の影がいくつもあるので、釣り場として人気があるのもうなずける。
そよ風が太陽の熱で暖まった体をほどよく冷やしてくれるので心地が良いけど、変装をしているからか薄皮一枚隔てているような感じがする。
ちょっと残念だな。
桟橋を見ると、かなり離れたので釣り人から僕の姿は見えなくなった。
今なら良いかな。大丈夫そうだ。指輪を触って変装を解除する。
風が直接当たったような感覚になって、さらに心地よくなった。目を閉じて風を感じる。
「気持ちが良いですね」
「…………」
返事はなかったけど、いっかな。
今だけは何も考えずにいたい。
横になって空を見る。
「青いなぁ。広いなぁー」
誘拐、国家間の争い、イマジナリー彼氏、色んなことがあったけど、すべて忘れられる。
こういうのでいいんだよ。ゆっくりとした時間。それを求めていたんだ。
「えーっとイオディプス様、無防備すぎません?」
「良いじゃないですか。ベルさんもやってみません? 気持ちいいですよ」
「いいの? 隣でも!?」
「お触り禁止の条件付きですが、いいですよ」
「嘘じゃないよね……? 文句言わないよねっ!?」
「もちろんです」
静かになった。
オールも動かなくなったようで、小舟の揺れもほとんど無くなる。
隣にベルさんがきたみたい。一緒に寝っ転がる。
肩が触れるか、触れないか、そう言った距離だ。
「触ってないからねー」
「そうですね」
隣に女の子がいるのに、なぜかドキドキしない。異性ってよりも友達に近い感覚がある。落ち着くって感じが心地よい。
「イオディプス様は怒らないの?」
何に、と聞かなくてもわかる。誘拐のことだろう。
「どーなんでしょう。正直、自分でもよくわかりません」
「そうなんだ」
「うん。だってみんな、僕のことを思って行動してくれているから、怒る気にならないんです」
言葉にして初めて気づいた。僕がこの世界の女性を嫌いになれない理由の一つだ。
本能に振り回されることもあるけど、仲良くしている女性はみんな根本的なところ同じ。みんな僕のことを大切にしてくれている。
ただ方向が違うからぶつかり合ってトラブルになるだけなんだ。
そこが合致さえすれば、わかり合えるはず。
手を取り合って仲良くなれる。
今はまだ、そんなことを思っていた。
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