第111話 こう見えて鍛えていますから
僕が認めなくても事実上の教皇とするつもりなのかもしれない。
今さらだけどミシェルさんの狙いが分かった気がする。
「信徒のみなさんに、僕は教皇にならないと伝えてください。そうじゃなければ即刻、この島から出ます」
「それは……」
今まで流されていたときと雰囲気が違うと察してくれたみたいだ。
断れば実行すると伝わっているようで茶化すようなことはしてこない。ミシェルさんは黙ったまま考え事をしている。
「どうしますか?」
しばらく待っても反応がないので催促するように聞いてみると、覚悟を決めたような顔になった。
「わかりました。城に戻りましたらすぐに全体連絡いたします」
僕の意見を受け入れてくれて良かった。穏便に終わらせられそうだ。
ミシェルさんは土下座をしている女性の前に移動すると、しゃがみこんで背中に手を置く。
「聞いてましたね? イオディプス様は教皇に就任しておらず、最敬礼をする必要はありません」
「ですが……」
「言いたいことはわかります。SSランクの男性は教皇と同等の扱いをしたい、そう思っているんですよね?」
「はい」
「ですが、それは許されません。私たちの気持ちよりイオディプス様のお言葉が優先されます。今すぐ立ち上がりなさい」
「……………………かしこまりました」
ためらいながらも二人は土下座を止めて立ち上がった。
僕を見て、おじぎをすると小麦袋を荷台に置く作業を再開する。
彼女たちの信念をへし折り、我を通した。
悪いことではないんだけど迷惑をかけてしまったので、せめてお仕事の手伝いぐらいはしたい。そう思うには充分な出来事で、自然と小麦袋が積み上がっている場所に移動していた。
「イオディプス様?」
疑問に思ったミシェルさんが名を呼んだけど無視する。
手近にある小麦袋を持ち上げた。
「よっこいしょっと」
重いので肩に乗せて荷台の方を向く。
仕事をしていた二人が驚き、持っていた小麦袋を落として固まっていた。口をぽかんと開けて凝視されている。ミシェルさんも似たような状態だ。
今のうちにと思って、荷台に小麦袋を乗せる。結構重かったけど、この体なら耐えられそうだ。サクサク運んじゃおう。
また小麦袋を運ぼうと歩き出すと、ミシェルさんに腕を掴まれた。ちょっと力が強めだから痛い。
「ななななにをされて……!?」
「二人のお手伝いをしただけですが。いけませんか?」
「だってイオディプス様は、か弱い男性ですよ! 力仕事なんてダメですって!」
ミシェルさんの口調が乱れている。ずっと彼女のペースで進められていたから、一矢報いたように感じて嬉しい。
異性を振り回すというのは意外と悪くないのかも。いつか魔性の男、なんて言われてみたい……ってそれはないか。変なことを考えるのは止めて真面目に話そう。
「大丈夫です。こう見えて鍛えていますから」
きらっと歯を見せて笑ってみせると、三人とも鼻血を出してしまった。
ぼそぼそと何かをしゃべり出し、ちょっと怖い。あれかな。イマジナリー彼氏に何か言っているのかな?
「さ、一緒に仕事をしてさっさと終わらせましょ」
手を振り払うと、また小麦袋を持ち上げて荷台に置く。三回ぐらい繰り返しているとようやく正気を取り戻したようで、二人ともハッとした顔をしてから仕事を再開してくれた。ミシェルさんも参加してくれて、意外と早く積み込み作業が終わってしまう。
ほどよく運動したから額に汗が浮かんでいるので袖で拭った。
「彼がいるのに心が引かれてしまいます。独占したいと訴えてくるのです。これは何かの試練なのでしょうか……」
「私も同じ気持ち。もう大分前に捨てたと思ったのに。信仰心が試されているのかな」
目つきが怪しくなった女性たちは独り言をこぼしながら、一歩前に進んだ。
この雰囲気は暴走する直前のレベッタさんに似ている。この島にいる女性たちが理性的だったので油断しすぎていた。
突如として身の危険を感じ、僕は後ろにさがる。すぐに背中が小麦袋の山に当たった。逃げ場はないみたい。
「二人とも! 教義を思い出しなさい!」
間にミシェルさんが入った。
背に隠して守ってくれるみたい。
「男性を奪い合うなんて無意味な行為をやめるため、ここに来たんでしょ? 理想の男性をイメージできるようになったんでしょ? 今までの努力を無駄にしてはいけませんっ!」
聖女様の言葉には力があったみたいで、二人の足が止まった。
「そうです……私は……嫌だったんです。手に入らないとわかっているのに羨ましくなり、男性を見たら欲しがる、その気持ちが……」
悲痛な叫びのように聞こえた。
ここにいる女性は僕なんかが想像なんてできないほどの、異性に対して重く暗い想いを抱えて生きたいる。改めてこの世界の歪さを痛感した。
一緒に働くなんて軽率なことをしてしまったことに反省しないと……。
「イオディプス様、今のお姿は女たちには目の毒です。誠に申し訳ございませんが、馬車にお戻りいただけないでしょうか」
そう言っている彼女も何かに耐えるような顔をしていた。聖女ですら近くにいるのは辛いみたい。
「わかりました。ミシェルさんはどうしますか?」
「二人を静めてから戻ります。少々持ちください」
残念だけど男である僕では何もできない。素直に従うべきだろう。
急いで馬車へ戻ろうとする。
「待って下さいっ!!」
足を止めて振り返る。涙を流し、ミシェルさんに止められている二人の姿が目に入った。
「ごめん。今度会うときは友達になろうね」
このような不幸は二度と発生させてはいけないと思う。
この島にいる人たちを知るには男の姿は見せられない。姿を変える指輪、声を変えるチョーカーを取り戻さないと。
今回の失敗を糧にして、歪なこの世界のことをもっと深く知るんだ。
馬車に入ってミシェルさんを待っている間、そんなことを考えていた。
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