第110話 元気だったんですね
「おきてくださいっ!」
頬を軽く叩いてもミシェルさんは意識を失ったままだ。
どうしよう。
死んじゃったかもしれないと思って手首を握り脈を調べる。
ドク、ドク、ドクと動いていた。よかった。生きてはいるみたい。
やっぱり気を失っただけだ。時間が経てば目覚めるかな。
放置しているのも悪いので僕の膝に頭を乗せる。
これで少しは寝心地が良くなることを期待しながら馬車に揺られていると小麦畑が見えてきた。近くに建物があって馬車が進むと中の様子がわかる。倉庫になっているみたいで、過去に収穫して袋へ入れた小麦が沢山置いてあった。かなりの量があるので食糧不足の心配はなさそう。
建物の近くには荷台があって、小麦袋を運び込んでいる女性が二人いた。
お仕事お疲れ様です。
なんて思っていると馬車が止まる。
ここが案内したい場所だったのかな。
「ミシェルさーん。着きましたよ。おきてくださーい」
体を優しく揺すってみても目は開かない。どうしよう困ったなぁ。
出てこない僕たちを不審に思ったのか、御者をしてくれた女性がドアを開けた。
「到着しま……はぁ?」
語尾が上がっていた。怒りがこもっているような反応だ。
ポンチャン教の聖女だから信者のみなさんは敬うような姿勢をみせていたけど、目の前の御者さんはちょっと違うみたい。具体的には拳を振り上げ、ミシェルさんに暴力を振るいそうなのだ。
「ダメです!」
手を伸ばし、御者さんの腕を掴んだ。
「あっ」
頬が赤くなって力が抜けたように僕の方に倒れてきた。抱きつかれ、顔が肩に乗っかる。少し獣っぽい香りがするのは、ユニコーンたちの面倒を見ていただろうか。仕事をしている人、って感じがしてすごくいい。
感動していると御者さんの足が動き、膝がミシェルさんの頭に当たった。最初は偶然だと思ったんだけど、何度も当てている。
攻撃だと気づくのに数回見逃してしまった。
「暴力は禁止ですって!」
「違います。寝たふりをしている聖女を起こそうとしているだけです」
「ええッッ!? 起きているんですか!」
思わずミシェル顔を見ると、目が合った。舌がペロッと出て謝っている振りをしている。
気づかなかった。もしかして最初から意識なんて失ってなかったのかな。
「だったらみんな離れてくださいー! 僕はポンチャン教、そしてこの島のことが知りたいんです。早く案内してください」
ちょっと怒ったように言ってみると、御者さんは馬車の外へ、ミシェルさんは向かいにあるソファへ座った。
「元気だったんですね」
「意識を失ったのは本当です! でもすぐに気づいたんですが、あまりにも親身に心配してくれたので起きにくく……」
責めるように言ったら、ミシェルさんは言い訳を口にした。
「だから寝たふりをしていたんだ」
「はい……」
親に怒られた子供のようにしゅんとしてしまった。肩が落ちて悲しそうにしている。
たいして悪いことはしてないのに酷く傷つけたような気がして、罪悪感を覚えてしまった。ああ、やっぱり僕は女性には甘くなってしまう。
「すごく心配したんですから。次からはちゃんとしてくださいね」
「もちろんです!」
ガバッと顔をあげて手を握られた。
切り替えが早すぎる! もしかして、反省されたフリでもされたのかな!?
「さ、農場を案内するので降りましょう」
手をつないだまま先にミシェルさんが馬車から出て、僕は続く。
御者さんは頭を下げたままだったので、空いている手で肩を叩く。
「教えてくれてありがとうございます。僕はイオディプス、あなたのお名前を伺っても良いですか?」
「メロリィです!」
「素敵なお名前ですね。今度、ユニコーンの扱い方を教えてください」
顔を上げたメロリィさんは僕を見る。目がキラキラと輝いていた。
「もちろんです! 何時間でもお付き合いしますので遠慮無く言ってくださいっっ!!」
顔が触れそうな距離で言われて驚いてしまった。
ポンチャン教の信者なら妄想上の彼氏がいるはずで、もうちょっと落ち着きがあると思ったんだけどなぁ。ミシェルさんといい、あまり効果は発揮してないようだ。
もう少し話していたかったけど、ミッシェルさんが引き離すようにして僕の手を引っ張ったので、建物の中に入る。
僕の背を越えるほどの袋が積み重なっていた。近くにはハシゴがあって上へ登れるようになっている。
「ここが島の小麦を保管している場所です。定期的に城や村に運び込まれているんですよ」
「あの方々が、そういった仕事を担当されているんですね」
外の方を向いて、小麦袋が積まれた荷台を見た。
あれ? 仕事をしていた女性がいない? と思っていたら、なんと土下座をしていた。
「ミシェルさん、なんであの人たちは……」
嫌な予感を覚えつつ聞いてみた。
「あの子たちは既にイオディプス様を教皇として認めているので、ああやって敬意を表しているのです」
「まだ引き受けるとは言ってないですよ?」
「存じております。ですが、あの子たちにとっては関係ないようですね」
これって事実上、教皇として扱い、なし崩し的に認めさせようという魂胆なのかな。
礼拝堂で多くのシスターが僕のことを知ってしまっているし、ミシェルさんは計算高い女性だ。早めに手を打たないと。
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