第104話 レベッタ:先に私が入る

 戦勝パーティーが終わった夜、みんなが寝静まったころを見計らって、私は音を立てずにベッドから降りた。


 同室のヘイリーは起きていない。ふふふ、計算通り。実はお酒に遅効性の睡眠薬を入れていたんだよね。別の部屋で寝ているアグラエルやメヌにも同じ状況だと思う。


 これでパーティメンバーに抜け駆けされる心配はない。


 イオディプス君を襲っちゃうぞーーーーっ!!


 興奮して下着が湿っていることを感じつつ、部屋を出ると廊下を歩く。


 明かりは落ちていて真っ暗だった。


 これは計算外! 視界が確保できないのでイオ君の部屋に行けない。


 戻ってランタンを持ってこないと。


「抜け駆け禁止」


 寝ているはずのヘイリーが耳元で囁いた。


 心臓が飛び出しそうなほど驚いたけど、手で口を押さえてなんとか声を出さずにすむ。


「なんでいるの!?」


 振り返りながら小声で聞く。


「睡眠薬入りの酒は飲んだフリをしただけ」

「バレてたの?」

「レベッタが私のためにワイングラスを持ってきたときから疑っていた」


 にやっと口角を上げて笑われた気がした。


 普段はしないことだから、違和感があったのかな。察しの良い女で仲間としては頼もしいけど、ライバルとしては困る。


「さ、行こうか」


 準備が良いことにヘイリーは魔石で動作するランタンを持ってきたみたい。


 周囲がほんのりと明るくなる。


「私が先だよ」


 何が、とまで言わなくてもヘイリーには伝わる。


「わかってる。ケンカはしない」


 空いている手で力強く握手をした。


 これで仲良くイオ君を分け合えるね!


 ランタンにハンカチをかけて明るさを落とし、窓の近くに来るとしゃがんで外から姿が見えないように進む。


 まるで盗賊のような動きだけど、イオ君の初めてを奪うんだから、あながち間違いではないかな。


 彼が寝ている部屋に近づくにつれて、胸の高まりが強くなり、自然と涎といった体液が色々と出ちゃう。ヘイリーからもメスの臭いがしているから、同じ状態だ。


 そうだよね! 我慢できないよね!!


 あれだけ待ったんだから、そろそろご褒美欲しいなーーっ!!


 脳内でイオ君との妄想を繰り広げていると、先頭を歩いていたヘイリーが立ち止まる。


「いたっ」


 背中に顔をぶつけてちゃった。


「ついた」


 本当だ! イオ君が寝る前に教えてくれた部屋が目の前にある!


 貴重な男性を守るため警備の騎士が数人いるはずなんだけど、誰もいない。


 暴走するのを恐れて配置しなかったとは考えにくい。どうしたんだろう。嫌な予感がする。


「鍵はかかってる?」

「ううん。空いている……」


 ピッキング対策もされている強固な鍵なのに。イオ君がかけ忘れたとは考えにくく、誰かが抜け駆けしたんじゃないかって想像が脳裏によぎる。


 ギリッと、歯を強くかみしめた。


 許さない。全員殺して私も死んでやる。


「先に私が入る」


 無理やり殺気を抑え込み、宣言してから滑るようにして部屋に入ると、周囲を確認する。


 明かりは付いていて視界には問題ない。侵入者の影はなく、人の気配を感じなかった。


 今いる場所はリビングみたいで、奥に続くドアが一つある。


 ヘイリーも入ってきそうだったので、声を出さす手だけで止め、視線を下の方に向ける。


 赤い生地に黄色の刺繍の施された絨毯があった。高級品みたいで深く沈む。だから、足跡が残っていた。


 形は複数ある。ついさっきまでいたみたい。


 テーブルに置かれていた果物用ナイフを手に取ると、ヘイリーに入室の合図を出して、寝室につながるドアに耳を当てる。


 音はしない。


 誰もいない……の?


 果物用ナイフをヘイリーに渡して、勢いよくドアを開けると転がりながら寝室へ入った。


 立っている人はいない。ベッドは、空!?


「どいうこと……」


 続いてきたヘイリーは驚いて動きが止まっている。


 寝ているはずのイオ君がいないのだから当然だよね。


 状況を確認するべく、ベッドを触る。


 温かい。まだいなくなって時間はたっていない。シーツに鼻をつける。うん。イオ君の素敵な匂いが残っている。濡れてはいない。まちがいなく彼はここで寝ていて、この場では襲われてはないと確信する。


 よかった貞操は守れていた。


 大きく息を吸ってイオ君成分を補給してから顔を上げる。


「絨毯に複数の足跡が残っていたし、イオ君は誘拐されたと思う」

「どこに行ったか分かる?」


 ヘイリーから殺気が漏れ出した。人には見せられない顔をしている。


 きっと私も同じだろう。


「調べる。少し待って」


 寝室の窓を見る。鍵はかかったまま。足跡もないし、ここは三階だから飛び降りたという線も薄そう。念のため下を見ても違和感はなかった。


 すると、堂々と入り口から入って出ていったことになる。


 ここはスカーテ王女が滞在してる屋敷で、さらにSSランクスキルもちの男性がいる。警備は厳重にしていて、盗賊が入って気づかないという可能性はかなり低い。


「内部の犯行?」


 であれば、怪しいのはアグラエルとメヌだっ!!


 抜け駆けした可能性が高いっっっ!! 


「あの二人、許さないんだから」


 急いで戻ろうとしたら、クローゼットから物音がした。


 すばやくヘイリーがドアを開ける。


 ロープで縛られ、口を布で塞がられている騎士が三名いた。


 目は閉じているので、首を触って脈を確認する。


 良かった。生きているみたい。


 腕を振り上げて思いっきり頬を叩く。


「んーーーっ!」


 意識を戻したみたいなので、残りの二人も叩いて起こした。


 これで情報が手に入るかもしれない。

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