第103話 我々をお導きください!

「我々はお金目的でイオディプス様を誘拐したわけではございません。教皇になっていただくために来ていただきました」

「教皇って……たしか偉い人ですよね?」


 宗教なんて関わってこなかった上に、学校すらまともにいかなかった僕は恥ずかしながら聞いてしまった。


「はい。我々、ポンチャン教のトップであり、また現代に生きる神として扱わせていただきます」


 想像を超えるお願いだった。


 スカーテ王女と結婚して王配になるのも自分の器を越えていると思っているのに、世界規模の宗教組織のトップなんてもっと無理。絶対にお断りしたい。


「僕は教皇になりません。別の方にお願いしてください」

「そうですよね。そのお考えは、ごもっともだと思います」


 しつこく食い下がってくるかと思ったんだけど、意外なことにミシェルさんは僕の意見に同意してくれた。ダメ元で言ったのかな。だとしたらズルい性格だ。


「では、話は終わりです。ナイテア王国に帰してください」

「教皇になることを断られても、そのお願いはきけません」


 きっぱりと、力強く否定された。


 何を言っても考えは曲げてくれないとわかってしまう。


「どうしてですか?」

「SSランクスキルをお持ちのイオディプス様を保護するために必要だからです。冒険者なんて、野蛮で危険なお仕事をさせているナイテア王国とは縁を切ってください」


 ポンチャン教はスキルランクの高い男性を、神として崇めていることを思い出した。


 だからこそ、ケガや死ぬ危険のある仕事をしていること自体が許せない。そういった考えをしているのだろうけど、一方的に押しつけられるのは迷惑でしかない。


 今の僕は未知なる世界に飛び込み、新しいことを知っていく。


 それがたまらなく楽しいのだ。


 前世ではまともに学校へ通えなかったこともあって、第二の人生は学ぶことを邪魔されたくないという思いは強い。勝手に行動を制限するようなお願いは断固拒否する。


「それはできません」


 先ほどのミシェルさんよりも、力強く否定した。


「男性なのになぜ……」


 これは僕に聞いているわけではない。

 理解できず、思わずつぶやいた感じだ。


 女性より上位の存在として扱われ、働かなくても生きていける。それが、この世界における男性の立場だ。しかも僕を除く男は性欲が少ないため、子作りするという義務すら放棄していることも珍しくない。


 傲慢で怠惰な男ばかりなのだからこそ、危険な仕事に就きたがる存在は理解の範疇を超えているのだろう。


「僕は女性と一緒に働くことが好きなんです」

「では、我々をお導きください! お救いください! お願いいたしますっ!」


 急に膝をついたミシェルさんは、手を組んで祈るようにしながら見上げていた。


 涙を流している。


 罪悪感をかきたててきて、思わずしゃがみこんで手に触れてしまう。


「あ……」


 嬉しそうにされてしまったけど、彼女たちの願いを叶えるつもりはない。


「僕はどこにでもいる人間で、導くなんてできませんよ」

「ですが……」

「他の男を頼ってください」

「ダメです! 我々にはイオディプス様しかいらっしゃらないのです!」

「どうして、僕にこだわるんですか? SSランクスキル持ちだからでしょうか?」


 スキルランクが高いという理由だけで神だと崇めるのであれば、僕はこの宗教に価値を感じない。なぜならそこに、人々を救う思想や教えなどがないからだ。


 教皇の言いなりとなって戦争をしろ、特定の種族を根絶させろ、といって嬉々として実行するなら、もはや即刻解体するべきカルト集団と言える。


「それは理由の一つにしか過ぎません。我々はイオディプス様のお人柄が教義を体現されていたから、教皇への就任を依頼しているのです!」


 ああ、そうか、そうだよね。普通は教義があるか。


 僕は彼女たちのことを知ろうともせず、勝手に思い込んで否定しそうになっていたことに気づいた。


 ちゃんと周囲から情報を集め、中身を見て判断してくれたんだ。


 なのに何も聞かずに断るなんて失礼なことをしてしまった。それじゃだめだ。ミシェルさんと向き合って理解し、その上でお断りしよう。


「僕のどういった所が教義を体現していていたのですか?」

「男性は女性を、女性は男性を支え、争うのではなく愛し合うことを教義として定めております。イオディプス様が今までされたことは、すべて調査済みでございます。畏れ多くも、ポンチャン教の考えはご理解いただけると考えております」


 思っていたよりも僕の考えに近かったし、世間にいる男どもは理解しないだろう教義だった。


「どうか、私たちをお救いください! 見捨てないでください!」


 ずっと涙を流しながら懇願されている。


 考えは理解できるし、泣いている女性は見捨てられない。誘拐されたことを差し引いても、少しぐらいは彼女たちの力になってあげたいと思ってしまった。


 あぁ、僕はなんて女性に弱いのだろう。


 レベッタさん、ごめん。ちょっとだけ時間もらって良いかな。


 もっとポンチャン教を知った上で、僕はどうするべきか考えたいんだ。


「ミシェルさん」


 名前を呼びながら頬についた涙を親指で拭う。


「今も教皇になりたいなんて思っていません。ですが、ポンチャン教をもっと知りたいとは思いました。今すぐナイテア王国へ帰るのはやめます。もうちょっとだけ、この島に滞在しててもいいですか?」

「もちろんでございます! 帰りたくないと思っていただけるよう、誠心誠意お仕えいたします!」


 こうして僕は、誘拐してきた人たちのことを知るため活動することにした。

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