第102話 僕は気にしていません!

 夢と現実の境がわからなくなる眠りは続いた。何度も起きた気がする。どのぐらい時間は経ってしまったのかよく分からないけど、朝になって目を覚ますと久々に頭がスッキリしていた。


 眠くはない。


 全身を襲っていたけだるさも抜けている。


 体調は万全だ。


 ベッドから降りて体を伸ばす。


「うーーーーん。気持ちいい」


 そういえば腕が軽い。手首を見るとメヌさんに作ってもらったバングルやチョーカー、指輪がなくなっていた。誘拐されたときに外されたのだろうか。貴重な物なので捨てられてはないと思うけど、できれば返して欲しいな。交渉できるようなら言ってみよう。


 凝り固まった体をほぐすと、窓を開けて新鮮な空気を入れる。


 潮の香りがした。


 ほどよく温かくて天気が良い。


「気持ちいいなぁ」

「そうですね」


 ん? 女性の声……?


 後ろを向くと、見たことのある女性がドアの前で立っていた。


 頭の上に金色の狐耳が付いていて尻尾が生えている。真っ白な生地に金のラインや模様が入った法衣を着ているこの人は、ダイチ討伐の戦勝パーティーで挨拶をしてもらった聖女ミシェルさんだった。


 相変わらず首には男根のネックレスがぶら下がっていて、可愛らしい手で優しく上下に撫でている。まるで大切なモノを扱っているかのようだ。


 卑猥に感じてはいけないと、自分に言い聞かせる。


「ミシェルさん、ここはどこなんですか?」

「まぁ! 私の名前を覚えてくださっていたんですね」


 優しく慈しみのある顔になった。彼女が笑えば争いはなくなり、世界平和が訪れるなんて錯覚してしまいそう。


 いい人だなぁと思ってしまったけど、甘い顔をしたら付け入れるかもしれない。さすがに少し警戒している。


「ここはナイテア王国から遠く離れた小さな島で、ポンチャン教の本拠地であり、つい先日、聖地認定された場所です」


 僕の記憶が正しければ、ナイテア王国の王女、スカーテさんが開催したパーティーに出席していたはず。


 なのに今は国外を無断で出て、よくわからない島にいる。


 やっぱり誘拐されてしまったようだ。


「イオディプス様には、正直に告白いたします」


 膝をついてネックレスの男根を両手で握った。


「パーティーに出席された夜、部屋に忍び込んでこちらまで運ばせていただきました。何の断りもなく、お体を触ってしまったこと、そして移動させてしまったことを謝罪すると共に、死を持って償います」


 男根の先端から鋭く長い針が出てきた。


 仕込み刃みたいな感じなんだと思うけど、どこから出しているんだよ……じゃなく! 呆れている状況じゃない!


 ミシェルさんは腕を振り上げて、左胸に突き刺そうとしている!


「ダメ! まってーーー!!」


 慌てて彼女に飛びついて手を握る。


「イオディプス様!? そんな! 積極的に! 困ります!!」


 と言っているが口からだらしなく涎を出している。本心では言ってないと分かった。


 でも腕の力は抜けていない。まだ男根から出ている針で自分を刺そうとしているみたいだから、油断だけはしちゃいけないのだ。


「死ぬなんてやめてください!」

「でも、それしかお詫びする方法がありません!」


 足を絡め、密着しながら床を転がったけど、手だけは離さない。


 力負けしてないのは、ミシェルさんが本気を出していないからだろう。ということは、説得する余地があることになる。


「なんで死ぬことで罪を償うことになるんですか!」

「偉大なるイオディプス様を無断で触り、誘拐したからです!」


 確かに犯罪行為ではあるけど、僕は丁寧に扱われている。少なくとも死を選ぶほどの罪じゃない。


「僕は気にしていません!」

「え……?」


 思ってもみなかった言葉だったみたいで、ミシェルさんはきょとんとした顔になった。


「気にしてないって、本当ですか? 嘘じゃないですよね?」

「もちろんです。誘拐したことは許しますから、落ち着いてください!」


 見知らぬ場所にいて不安だし、レベッタさんたちのことは気がかりだ。また種馬として扱われる危険性も残っているのも事実である。


 けど、それらのことを考慮しても女性が死ぬ、というのは許されない。しかも原因が僕というのであればなおさらだね。


「……私はイオディプス様に許されていいんですか? 」

「いいんですよ。他でもない、この僕が言ってるんですから」


 ようやく気持ちが伝わったのか、ミシェルさんから力が抜けた。ネックレスの男根が床に落ちる。


 すかさず、拾うと部屋の隅に投げる。


 宗教的なモノを粗末に扱うのは良くないけど、危険から遠ざけたかった。


 立ち上がると手を伸ばす。


 戸惑いながらもミシェルさんは僕の手を握ってくれたので、引っ張りあげた。


 頬は赤くなっていて狐の尻尾を振っている。法衣服をきているから肌なんてほとんど露出してないんだけど、胸やお尻といった女性的な丸みが強調されるほどピッタリと張り付いていることもあって、一緒に寝ましょうと誘惑されているに感じてしまった。


 危うい立場にいるというのに、女性のそういった所に目が行ってしまうのは良くない。わかっているよ。でもね、本能が邪魔してくるんだ。


 首を横に振って雑念を消してから、現在の状況を把握するべく質問する。


「僕を誘拐した目的は何ですか? ナイテア王国へ身代金や土地の一部を要求するのでしょうか?」


 誘拐といえば営利目的が鉄板だろう。SSランクのスキルを持っている僕なら価値は非常に高い。


 国が崩壊するような願いじゃなければイザベル王女たちは、どんな対価を払うと思っていた。


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