第105話 レベッタ:何の交渉をしていたの?

 意識を取り戻した二人の口に付いている布を取る。


「何が起こったか教えてくれるよね?」

「イオディプス様が攫われた! すぐスカーテ王女に報告しないとっ!」

「ロープをほどいてくれ!」


 質問したら騎士の三人が同時に叫ぶようにして言ってきた。


 自由にしてほしいだって? ふざけないで。その前にもっと詳しく話しなさいよ。


 なんて文句をぶつけようと思っていたら、怒りで我を忘れているヘイリーが騎士の首を掴み、持ち上げた。


「誰が、どこに連れて行ったのか、簡潔に言え」


 あー。これは不味いかも。理性が吹き飛んでる。


 ギリギリと音を立てながら、首を絞める指の力を強めていて、これじゃしゃべることなんてできないよ。


「ヘイリー落ち着いて」

「落ち着いている」

「あれを見ても、そう言える?」


 騎士は顔が真っ青になっていた。


 口から泡が出ていて気を失いかけている。


「イオ君が心配なのは私も同じ。だからこそ、冷静になろうよ。ね?」

「……わかった」


 どさっと騎士が床に落ちた。死んではないけど意識は失っちゃたみたい。


 仕方がないので無事な方に声をかける。


「誰が私のイオ君を攫ったの?」

「……ポンチャン教の信者たち、だ」


 特にスキルランクの高い男性を神として崇めている宗教で、信者は世界中にいる。私は入ってないけど知り合いに何人かいたりして、悪い印象はなかったんだけど。


 SSランク持ちのイオ君なら神と同等の扱いをするはず。彼の意思を無視して攫うなんてあるのかな?


「主犯は聖女のミシェルなの?」


 こくりと騎士はうなずいた。


「意識を失う前に声を聞いたから間違いない」

「そうなんだ……」


 ということは、神ごときイオ君の考え、感情を無視してでもやらなければいけなかったことになる。


 相応の理由があるんだろうけど決して許せることじゃない。


 あの女狐め、出会ったときから怪しいと思っていたんだよね。パーティー会場で殺しておけば良かった。人生最大の失敗だ。


 立ち上がってヘイリーを見る。


「イオ君を粗末な教会や支部で生活させることは無いと思う。行き先は本部だと思ったんだけど、どうおもう?」

「同じ意見」

「だよね。すると問題は、どうやって侵入するか、だよね」


 ポンチャン教の本部は、ここから南へ行った場所にある小さな島だ。


 あそこにスキルランクの高い男性が立て続けに数名生まれたから、最近になって聖地認定されて城まで建てたらしい。


 警備は厳重で、許可無き船が近づいただけで攻撃されるって聞いている。守るにはうってつけの場所だよね。


「個人じゃ無理」

「だよねぇ。スカーテ王女に手伝ってもらう?」

「それが良いと思う」

「よし、じゃぁ、使えない騎士たちを連れて行きましょうか」


 引きずりながら廊下を歩いてスカーテ王女の部屋の前に移動する。


 痛い、痛い、と叫ばれているけど無視した。だってイオ君が奪われる大失態を犯したんだから、この程度の扱いで充分だよね。殺されないだけ運が良いと思って欲しいよ。


 ドアの前に護衛騎士がいて、私たちの姿を見てぎょっとしたような顔をした。


「お前たち! 何をしているっ!」

「イオ君が攫われたの。スカーテ王女と面会させて」

「な、なに! それは本当かっ!?」

「あなたの同僚が証言したよ」


 引きずってきた騎士の頭を掴んで目の前に掲げる。


 お尻を叩いて何か言えって合図を送った。


「本当だ! 手遅れになる前にスカーテ王女へ報告を!」

「わ、わかった! ちょっと待っててくれ!」

「それじゃ遅い。私が行く」


 我慢の限界になったみたいで、ヘイリーが騎士を押しのけてドアを開き、スカーテ王女の部屋に入っちゃった。


 不敬罪が適応されちゃう行為なんだけど、私たちにはイオ君がいるから罰せられることはない。それがわかっているから、こういった行動に出ているんだと思う。


 怒ってはいるけど、意外と冷静なのかも。


「なんだって! イオディプス君が誘拐されたとだと!?」


 事情を話したみたいで、深夜だというのに外にでも聞こえるほどの声でスカーテ王女が叫んだ。


 ルアンナが部屋から出ていき、どこか走って行った。


 後ろ姿を見送ってから私はスカーテ王女がいる部屋に入る。


「今、ミシェルたちを捜索させている。状況が整理されるまで大人しく待つぞ」


 ソファにどかりと座ったスカーテ王女を見ながら待っていると、すぐにルアンナが戻ってきた。


「報告です! 宿泊場所として指定した部屋に、ミシェル一行の姿はありませんでした! 荷物もなくなっており、犯人である可能性が濃厚です!」

「ちっ。交渉している最中だったのになんてことをしてくれたんだっ!」


 ソファに置かれたクッションを殴り続けるスカーテ王女は放っておいて、ルアンナに話しかける。


「何の交渉をしていたの?」

「うーーん。まあ、レベッタたちならいいか。詳しくは教えられないけど、イオディプス君の扱いについて話し合っていたんだ」

「何の話し合い? もしかしてイオ君を使って利権を手に入れようとしてたの?」


 政治の道具にされたらイオ君が望む自由な生活なんてできない。


 優しい彼は拒否しないけど悲しむ。


 私たちと接する時間がなくなっちゃう。


 一緒にいることも、匂いを嗅ぐことも、こっそり使用済みのスプーンを舐めることができなくなったら、生きている意味がない!


 そんなの耐えられるはずはなく、だからこそルアンナに殺気を飛ばしていた。

 

「誤解しないで欲しい。我々はポンチャン教から守る立場だったんだ」

「あいつら、何を要求していたの?」

「イオ君を本部の島で生活させて欲しいらしい、見返りとして資金と軍事力を提供すると言っていたが断っていた。それでもしつこく食い下がってきてな……」

「我慢ができなくなって攫った、というわけ?」

「現状を見る限りそうだろう」


 パーティーであったその場で交渉して、決裂したから攫って、どんだけ我慢できない女なの! イオ君の貞操が危ないっ!!


 ポンチャン教、絶対に許さないんだから!!


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