第96話 大丈夫か?

 少し遅れてヘイリーさんたちやルアンナさん率いる騎士たちも部屋になだれ込んでくる。


 イザベル王女も取り押さえられてしまい、ヘンリエッタさんは気絶したまま手錠みたいなのを付けられて拘束される。


 形勢は完全に逆転した。


 自由になった僕は腕を組んで部屋全体を見ているスカーテ王女の前に立つ。


「大丈夫か?」


「はい。何かをされる前に助けていただきました。ありがとうございます」


 頭を下げて丁寧にお礼を言った。


「我々は当たり前のことをしただけだ。むしろ誘拐を防げず申し訳ない」


「作戦の最中に裏切り者が出るなんて誰も予想できません。気にしないでください」


「そう言ってもらえると助かるのだが……」


 難しい顔をしている。あまり納得できないようだ。


 自分自身を責めているように見えた。


「それでこの後、イザベル王女やヘンリエッタさんはどうなるんですか?」


「ふむ。悩ましい話だな」


 少なくとも貴重な男性を拉致したヘンリエッタさんは処刑、イザベル王女は強制退去。さらにはテルルエ王国との同盟解除、その辺りが落とし所だろうか。


 もしそこまで関係が悪化したらブルド大国ってところに攻め込まれてしまうのかな?


 僕をきっかけに多くの女性が不幸になってしまう。


 それは嫌だ。


 子供っぽい考えだってのはわかっているけど、敵味方関係なく女性が傷ついてのは嫌なんだ。もう泣いている姿は見たくない。


「イオディプス君はどうしてほしい?」


 まさか聞かれてしまった。


 学校すらまともに通わなかった僕が国政に関わってはいけないと思っているんだけど……このチャンスは逃したくない。多くの女性を助けるために動こう。


 図々しいお願いだとは分かっているけど言わずにいられない。


「今回の件は、なかったことにして欲しいです」


「君の貞操が危なかったんだぞ?」


 そんなものためにと言いかけて口を閉じた。


 女性にとって大事なことだと思い出したからだ。日本にいた頃は男の貞操なんてどうでも良いという扱いをされることが多かったけど、この世界では逆転している。童貞に価値があるみたいだし、初めての相手というのも重要だ。


 すべてを捨てても男の初めてを手に入れたいという人がいることは、レベッタさんを見ればわかる。


「確かに彼女たちは罪深い行為をしました。それは間違いありません」


 うんうんと、うなずいている。想像していた童貞の価値は間違ってなかったようだ。


 違和感は残るけど、それがこの世界の常識なのだから受け入れるしかない。


「ですが、僕はそれを赦したいと思います」


「どうしてだ? 二人ともこの場で斬り捨てても問題ないぐらいの大罪人だぞ?」


「人はいつも正しい道を歩めるとは限りません。時には間違ってしまうこともあるでしょう。みんなだって、一つぐらいは心当たりあるんじゃないですか?」


 スカーテ王女と話している間に集まってきた女性たちを見渡しながら言った。


 その中にはレベッタさんたちもいる。気まずそうな顔をしていた。


 当然だよね。僕を襲うか、それとも変なことをしようとする経験があるんだから。


「僕だって例外じゃありません。罪深いことをしたことはあります」


「そんなことない! イオ君は綺麗なままだよ!」


 話に割り込んできたのはレベッタさんだ。出会ってからずっと味方してくれる素敵な女性だけど、今回はその気持ちが悪い方向に出ている。


 僕の手は血に濡れているのだ。


 決して綺麗じゃないんだよ。


「誰にも言ってないだけで、罪深い行いをしたことはあるんです。しかも誰にも裁かれてない」


 第二の人生をもらってしまったので死は償いにはなっていない。


 誰にも裁かれず犯罪者が、のうのうと生きているのだ。


「イオ君……」


 温かいレベッタさんの手が頬に触れた。


「そんな顔しないでください」


 誰かを悲しませるために話しているわけじゃないんだ。


「イオディプス君の言いたいことは分かった。一考の余地はあるが、我が国の面子にも関わるからなかったことにはできない」


 犯罪者でも僕の意見一つで無罪に出来るとなれば、国や法のあり方を問われてしまう。


 提案を無条件で受け入れないのは、王族として当然の判断だろう。そこに異論はないし、理性的に行動してくれてほっとしているぐらいだ。


「だから条件を出したい」


「どんな内容ですか?」


「死ぬまで我が国に滞在すること。その証明として三年以内に子供を数人作ると約束するのだ。それができなければヘンリエッタとイザベル王女は、この場で殺す」


 もっと無茶苦茶な条件が出ると思っていたけど、まともな内容だった。


 この国の人とは深く関わりすぎてしまったので出て行くつもりはない。永住することは僕の願いにもつながる。


 けど子作りについてはちょっとだけ怖い…………けど僕の答えは決まっていた。


「すべてはイオディプス君の判断しだいだ。どうする?」


「その取引内容で問題ありません。永住する証拠として子供を作ります。相手の条件はありますか?」


「子供の一人は王族から出してもらいたい。それ以外はイオディプス君の好きにしていい」


 権力を維持するためには、高ランクのスキル持ちが必要だ。三人とも王族の子供にしたかったはずなのに妥協してくれたみたいだ。


「わかりました。その条件でかまいません。ですから、今回の事件は穏便に終わらせてくださいね」


「もちろんだ。約束しよう」


 すごく悪そうな顔をしながら、スカーテ王女が笑っていた。


 悪魔と取引したように感じるけど仕方がない。僕はヘンリエッタさんとイザベル王女を守りたいと思ってしまったのだから諦めるしかない。



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