第95話 天井のシミでも数えている間に終わらせるから

「それじゃ私好みの男にならない」


 相手が自国の王女だというのにヘンリエッタさんは殺気を放った。


 本能が暴走している。


 理性が吹き飛んだ姿は何度も見てきたけど、暴力的な方向は初めてだ。


 抵抗しても絶対に勝てない相手が牙をむく恐怖。それを感じていた。


「ヘンリエッタ。最後の警告だ。すぐに鞭を手放せば不問にしてやる」


「断るっ!」


 イザベル王女からパチンと指を擦り合わせる音が聞こえた。


 次の瞬間、黒ずくめの女性が二人入ってきた。室内でも戦いやすいようにショートソードを持っていて、ヘンリエッタさんに襲いかかる。


 瞳が光っているので何らかのスキルを使っているのだろう。素人の僕でも分かるほど動きが超人的だ。


「こいつら何者!?」


「王族直属の護衛だ。大人しく捕まれ」


 同国の騎士にも秘密にしていた存在なのかな。ヘンリエッタさんは驚きっぱなしだ。


 技量の差……というよりかはスキルの差が大きくて焦っているみたい。


 どうしようもないみたいで、すがるような目で僕を見た。


「イオディプス君! このままじゃ私は死んじゃう!」


 だから助けてって言いたいんだね。


 ズルいよ。そんなお願いされたら無視できない。たとえ襲ってこようとした相手でも女性が死ぬ所なんて見たくないって思ってしまう。


 スキルブースターを発動させよう。これで勝てなくても負けはしないだろう。


「ダメだよ。黙ってみてなきゃ」


 目を隠されてしまった。体は動かない。イザベル王女がまたスキルを使って拘束みたいだ。


「ヘンリエッタは表の切り札だから殺さない。安心してくれ」


「約束できます?」


「もちろん。王女として殺さないと誓おう」


 何も出来ない僕は、その言葉を信じるしかないし、話している間にも決着が付いたみたいで戦闘音が聞こえなくなった。


「お前たち! 目の前に極上の男がいるのになんで手に入れようとしない! 女としての本能はどこに行ったっ!」


 あ、ヘンリエッタさんは無事みたいだ。元気に叫んでいる。


 ちゃんとイザベル王女は約束を守ってくれたみたいだ。


「お前とは鍛え方が違う。諦めて静かにしろ」


「ガハッ」


 目に当てられていた手が離れて視界が戻る。


 ヘンリエッタさんは意識を失って倒れていた。黒ずくめの女性たちはいない。仕事を終えて隠れたみたい。


 スキルを解除されたので身動きは取れるようになっているけど、逃げ出すことはしない。イザベル王女の隙をつけたとしても、さっきの女性たちに捕まっちゃうだろうからね。


「これからどうするつもりですか?」


 振り返りながら、この場の支配者であるイザベル王女をまっすぐ見る。


 戦闘のおかげで理性が戻ったみたい。眉がやや下がり気味で困っているように見えた。


「悩んでいるよ。同盟を続けるのか、それともイオディプス君を手に入れて自国内の戦力を強化してブルド大国への備えを強めるか、ね」


 同盟を組んでいても所詮は他国だ。運命を共にするほどの関係ではないため、土壇場で裏切るかもしれないと不信感を抱いているのだろう。


 紙切れ一枚の関係でしかないのから、イザベル王女の懸念はバカに出来ない。むしろまっとうだと考えられる。


「そのときは僕が助けます」


「イオディプス君にはできない」


「どうして言い切れるんですか? 女性を見捨てるなてことしませんよ!」


「だからだよ。ブルド大国だって女ばかりの国だ。私に味方するってことは、見知らぬ女を殺すことになるんだぞ? イオディプス君にその決断ができるか?」


「…………」


 何も言い返せなかった。


 イザベル王女の懸念は正しいからだ。


 どっちかを助けるしかない状況になっても悩んで動きは止まってしまうはず。


 戦争とは一刻を争うことも多く、優柔不断な男なんて頼りにならない。

 

「だから子供をいっぱい作ってもらう。子孫であれば女へ攻撃することに忌避感は覚えないだろうし、イオディプス君だって見殺しにしないだろ?」


 出会ってから短いのに、イザベル王女は僕のことを正しく理解している。


 仮に子供が出来たら大切にしたいと思っている。間違ってもクソ親父と同じ道は歩まないよう、細心の注意を払うはずだ。


 そして多分だけど、何よりも子供を優先する。例えブルド大国の女性を殺すことになってもね。


「ヘンリエッタのせいで計画は大きく狂ってしまったが、こうなったら後戻りできない。私と子作りをしよう」


 イザベル王女が服を脱ぎ捨てた。下着姿になる。


 行動早すぎでしょっ!


 彼女の計画はわかったけど、だからといって今は子供を作りたいとは思わない。


 クソ親父やダイチの顔が脳裏に浮かんできて、やっぱり怖いんだ。


「天井のシミでも数えている間に終わらせるから」

 

 固い床に押し倒されてしまった。


 僕の気持ちなんてイザベル王女は絶対にできない。何を言っても無駄だろう。


 涙が浮かんできた目を閉じる。


 せめてもの抵抗だ。絶対にみてやるもんか。


 服をビリビリに破かれる。


 外から戦闘音が聞こえた。


「何があった!?」


 イザベル王女が緊張した声で叫んだけど返事はない。


 黒ずくめの女性は近くにいないようだ。


「ちっ」


 体に感じていた重さが消えた。イザベル王女が離れたみたい。


 剣戟が聞こえる。


 ドタドタと複数の足音が近づいているようだ。


 目を開けるのと同時にドアが開いて、レベッタさんたちの姿が視界にはいる。


「助けに来たよ!!」


 まばゆい銀髪をもつ彼女が王子様のように見えた。



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