第73話 一緒に食べましょっ
治療院を出た後、緩やかな坂をくだって、冒険者ギルドに戻ると依頼書を提出。お金を受け取ってから外に出た。
太陽が頂点に上がっていてお昼時だというのがわかる。
天気はいいし、気温もちょうどいい。春みたいな気候だ。
「約束通り買い食いしようーーーっ! 露店でいい?」
隣にいるレベッタさんは小腹が減っているみたいだ。昼食前に買い食いするのも悪くはないかな。
「賛成です! ちょうど甘いのが食べたいなって思ってたところです」
「特区でお買い物だーーっ!」
蛇のように伸びた腕が絡んできた。体が密着すると横乳が当たる。今日は革鎧を着ていないうえに、どうやら下着すらないみたいで柔らかさがダイレクトに伝わる。よく見れば頂点は少し尖っているように見えた。
むに、むにっと誘惑してくる。
他人から見ると女性同士がイチャイチャしているだけなので、よくあることなんだろうけど僕は違う。心臓の鼓動がうるさいと感じるほど早くなっている。
暴れ出しそうな欲望を必死に耐えながら大通りを一緒に歩いて行く。
男性特区の入り口で身分証明書を見せてから中に入ると、いくつもの視線を感じた。フル装備の衛兵さんたちが注目していたみたいだ。
僕だとわかると小さく手を振ってくれたので、同じ事をする。歓声が上がった。有名人になった気分だ。
みんな味方だとわかっているから安心しながら石畳の上を進んでいく。黙ったまま上下に動く柔らかい感触に集中していると、小さな広場が見えてきた。
「あれにしない!」
レベッタさんが見ているのは揚げパンの屋台だ。最近になって男性特区の出店許可が出たらしく、毎日営業している。
甘い香りは僕がいるところにまで漂っていて、空腹を刺激してくる。口から涎が出てしまいそうだ。
もう頭の中は甘いものが食べたいという感情に支配され、屋台から目が離せない。
「いいですね! 一緒に食べましょっ」
「いいいいっしょ!?」
「あれ、変なこと言いました?」
「ううん。なんでもないっ! 一緒に食べようねっ!!」
驚いた後、レベッタさんの目がギラリと獣のように光った気がしたけど、まばたきしたら戻っていた。きっと見間違いだったんだろう。
手をつないだまま屋台の前に立つ。
細長い揚げパンを作っている恰幅のいいおばちゃんが僕たちを見た。
「お、仲のいいお嬢さんたちだね! いらっしゃい!」
笑顔が眩しい。白い歯がキラリと光を反射させた。
頭にはタオルを巻いているし、長年屋台を遣っている人みたいな風格を感じる。
「揚げパンを――」
「ビッグ揚げパンを一つ下さい!」
「あいよ!」
注文しようとしたらレベッタさんの声にかき消されてしまった。
聞き間違えがなければ注文した揚げパンは一つだけ。僕たちは二人いる。数は足りない。
「早く食べたいね~。楽しみだね~」
後ろから僕の体を後ろから抱きしめていて身動きが取れない。なんとなくだけど、注文させたくない雰囲気を感じる。
大きいのを頼んだから二人で分けようと考えているのかな。
屋台のおばさんは長い袋を取り出すと揚げパンを入れた。太さは僕の指二つ分ぐらいだろうか。長さは五十センチぐらいある。フランスパンとチュロスを足して二で割ったような感じだ。
表面には砂糖がびっしりと付いてて、見た目通りの甘さが担当できるだろう。
「おまたせ! 仲良く食べるんだよ!」
大きさからして一人じゃ食べきれないと思っていたけど、どうやら二人分みたいだ。
レベッタさんは受け取ると揚げパンの先端をぱくっと食べた。口が離れると少しだけ欠けている。食いちぎったみたい。
「はいどうぞっ!」
揚げパンを差し出された。食べかけ脳部分が僕の口の前にある。
これってあれだよね。間接キスになるよね!?
どうしようと思って、屋台のおばちゃんを見る。
親指を上げて笑顔になっていた。
歯がキラリと一瞬だけ輝いて、頑張れって応援しているようだ。
「このビッグ揚げパンはね。二人で交互に食べるものなんだよ」
なにそのカップル前提の食べ物!!
まさかレベッタさんはこれを狙っていたの!?
「さぁ、イオちゃん。恥ずかしがらずにさ!」
ぐいっと腕が伸びてビッグ揚げパンが口に軽く触れた。
これは食べなきゃ引き下がってくれそうにない。
幸いなことにヘイリーさんたちは近くにいないので、ケンカには発展しないだろう。たまには誰に気兼ねすることなく、仲良くするのも悪くはない。
そう思えばビッグ揚げパンは良い選択だと思えてきたぞ。
「いただきます」
口を開いてかぶりつこうとする。
轟音が聞こえた。爆発? なんて思ったのと同時にレベッタさんに抱きしめられ、押し倒されてしまった。
数瞬後、強く焦げ臭い風が通り過ぎていった。
遠くから悲鳴が聞こえる。誰かがケガをしたみたい。
「イオちゃん、大丈夫?」
「うん。レベッタさんは?」
「私も無事だよ」
僕から離れると周囲をぐるりと見渡した。
「男性特区の衛兵所に何かあったみたい。デートは中断して帰ろう」
そこはテレシアさんがいる場所だ。
彼女は無事だろうか。
しばらくの間、さっき聞いた悲鳴が脳内から離れずにいた。
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