第72話 大金を払って治療を頼んだみたいだけど……

「イオちゃんに見てもらったし、治療院に行こうか」


 振り返ってレベッタさんが指さす場所を見ると、ベッドに斜め線が入った看板をぶら下げた建物があった。目的地は意外と近いようで、百メートルぐらいの距離しか離れていない。


 人はあまりいないし他に建物はないので、小高い場所に隔離されているのかも。疫病が蔓延しないようにと配慮したんだろう。


「うん。行きましょう」


 手をつないで歩き、治療院の中に入った。


 つんと消毒液のような臭いが僕の鼻腔を刺激した。


 日本の病院とはレイアウトが違うみたいで、待合室みたいなのは存在しない。目の前には大部屋が広がっていてベッドが二列に並んでいる。包帯を巻かれている大勢の女性たちがうめき声を上げながら横になっていた。


 魔物に襲われてケガでもしたのだろうか。引っかかれたような傷から大量の血を流している人もいる。治療院にくるのも大変だっただろう。


 白衣を着た女性が傷に触れると、傷が光り出した。


「あれはAランクの回復魔法だね。大金を払って治療を頼んだみたいだけど……」


 傷が深すぎて助からない。レベッタさんはそう言いたかったんだろう。


 目の前で女性が傷つき死ぬ。


 なのに僕は傍観しているだけか?


 嫌だ。そんなことはできない。


 彼女たちを守りたい、その気持ちがキーとなってスキルブースターが発動する。


「え、傷が……っ!」


 スキルを使って治療をしている白衣の女性が驚きの声を上げた。


 助けられないと諦めていたところで、なぜか傷が急速に小さくなって完治したのだから無理はない。


 異変に気づいたレベッタさんが僕を見る。


「瞳が光っている……もしかして使ったの?」


「誰も死んで欲しくなかったから」


「さすが私のイオちゃんだね。どんなときも優しい」


「ううん。そんなことないよ」


 本当に優しかったら母さんをもっと早く助けていただろうし、クソ親父を殺さなかっただろう。


 身勝手な感情に振り回され、他人を害した重罪人。


 しかもみんなに黙っているのだから性格が悪い。優しいなんて評価されるべき人間じゃないのだ。


「解決したみたいだし、早くポーションを渡しに行きません?」


「そうだね。行こう」


 大部屋を進んでいく。


 明らかに患者に見えないはずなんだけど、誰も止めるようなことはしない。


 見舞いに来たとでも思われているのかな。


 奥にあるドアを開けると廊下につながっていた。レベッタさんに案内してもらいながら一番奥にまで進む。薬品室と書かれていた部屋に入った。


「お。レベッタじゃないか。久しぶり」


 木製のカウンターがあって女性が三人ならんでいる。


 受付なのだろう。左側にいる肘をついた人が手を振っていたので、彼女が声の主みたいだ。


 後ろには天井にまで届く棚があって、ポーションの入っている瓶が陳列されている。価格表がぶら下がっているところから薬局みたいな場所なんだろうと推察した。


「久しぶりーっ! 今日はギルドの依頼で回復ポーションを持ってきたよ」


「ようやくきたか。助かる」


 受付の女性がカウンターから出てくると、僕たちの前に立った。


 荷物を受け取りに来たんだろう。リュックを下ろして中身を見せる。


「ご依頼のあった回復ポーション30本です。ご確認のお願いします」


「ん? 君は?」


 こえをかけたことでようやく僕の存在に気づいてくれたようだ。


 背が低いから視界に入らなかったのかな……。


「初めまして。レベッタさんと同じパーティに入ったイオです。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げて挨拶した。


「わお! めちゃくちゃ丁寧な挨拶ありがとう。私はトレット。よろしくな!」


 名乗るとすぐにレベッタさんの方に腕を回した。


 顔を近づけて話しかける。


「こんな良い子なのに、ヤクザみたいな仕事をさせているのか?」


「ずっと一緒にいると約束したからね。そのつもりだよ」


「おいおい。マジかよ。あの体型じゃすぐに死んじまうぞ」


「心配しないで。私が守るから」


 冒険者を周囲がどう思っているのか、初めて知った。


 どうやら世間的に評価はあまり高くないようで、粗暴な人たちが就くような仕事だと思われているみたいだ。


 物騒な武器を常に携帯しているし、強力なスキルを持っている場合も多いので、言われてみれば納得の結果だった。


「頑固なところは変わらないなぁ」


 ふぅと小さくため息を吐いたトレットさんが、今度は僕の方に来た。触れられてしまうかもしれないので自然と身構えてしまう。


「無理しちゃ駄目だよ」


「はい」


 返事すると頭を撫でられそうになったけど、レベッタさんが手首を掴んで止めた。


 すごい顔で睨んでいる。


「ついにあんたも男を諦めたんだ」


「そんなことどうでも良いから仕事して」


「はいはい」


 軽い口調で言ってから、トレットさんがしゃがんでリュックから回復ポーションを取り出す。中身を確認しながら本数を数えていく。


「一、二、三………………二十八、二十九、三十と。ちゃんとあるね。依頼書ちょうだい」


 レベッタさんが羊皮紙を渡すと、受け取ってカウンターの中に入る。


 羽の付いたペンにインクを付けて何かを書いてくれた。


「受け取り確認のサインをしたから、もう帰って良いよ」


「ありがと。また来るから!」


「いやいや。お前が来るときはケガしたときだけだろ。来なくていいように頑張れよ」


「もちろんっ!!」


 手を振ってから僕たちは部屋から出る。


 短い間だったけど、レベッタさんはいろんな人と交流があるだなと感じた。

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