第63話 スカーテ王女:マジ?

「余計やつらはいなくなった。そろそろ本題を話してくれ」


「いいだろう」


 催促するとイザベルはようやく重い口を開いた。


 私に話す必要がある国の失態とは、どのようなものだろうか。内部だけでは処理しきれない大きな問題だとは思うが……まさか他国の貴族に無礼を働いて戦争になりかけているのか?


 もしそうなら、同盟国として私たちも対策を練らなければいけない。


 敵が小さい国であれば騎士団を派遣すれば勝てるだろうが、強力な騎士団を複数抱えているような国なら問題だ。


 もし国境が隣接してるテルルエ王国が負けでもしたら、我が国にも攻め込んでくる懸念がある。


 テルルエ王国は他国からの防波堤として存在し続けてもらわないと困るので、戦争が始まるのであれば同盟国として協力し、絶対に勝つ必要があるのだ。


 最悪の場合はイオディプス君の力を借り、総力を挙げて徹底抗戦しなければいけないだろう。彼の存在はバレてしまうが、どんな国を相手にしても勝てるはずだ。


「実はだな……」


 本当に言いにくいようで、イザベルは話すのを戸惑っている見たいだ。


 優しい私は心の準備ぐらい隙にさせてあげようと、紅茶を飲んでゆっくりと待つ。


 静かな時間がしばらく続き、


「男性が逃げ出した」


 爆弾発言を放つ。


「マジ?」


「マジだ」


 思わず確認してしまうほど驚いていた。


 貴重な男性は監視しながらも快適に過ごせるようにするのが一般的で、普通は逃げ出したいと思わないのだが……ああ、そうか。テルルエ王国は男性の管理が厳しい割に優遇施策がほとんどない所だったな。


 ナイテア王国では男性の犯罪はかなり見逃されるが、厳しく取り締まっていると聞く。また刑罰も重くなる傾向があるらしい。


 そんな環境に耐えきれなくなって、厳重な警備の目をかいくぐって逃げ出したのだろう。


「どんな男性だ?」


「名前はダイチ。何人もの女に暴力を振るって動けなくさせた犯罪者だ」


「抵抗しなかったのか?」


「力の弱い女ばかりに手を出していたんだよ」


 男性より女の方が力は強いが、何事にも例外はある。稀にトレーニングをしても筋肉が付かない女はいるのだ。


 この体質は変えられないので、女の中では立場が一段低く見られてしまうので孤立することが多く、その隙を狙われてしまったのだろう。


「最悪な男性だな」


「同意する。珍しくスカーテと意見があったな」


 うんざりとしたような声だった。


 王女として鍛えられ、タフな女として育ったイザベルが珍しい。それほどダイチが厄介な存在なのだろう。


「詳しく教えてもらえるか?」


「良いけど、捕まえるのに協力してくれ」


「話を聞いてから考える」


「それでいい。どうせ断れないからな」


 気になる発言をしたイザベルが、ようやく何が起こったのか話し出す。


「テルルエ王国では、男性が女に暴力を振るうと犯罪者として牢に入れられ、裁判が終われば種を提供するだけの家畜になる」


「知ってる。でもダイチは逃げた。そうだよな?」


「あっている。現場で取り押さえようとしたら逃げられた」


 鍛えられた衛兵もしくは騎士が捕まえようとしたはずだ。普通の男性が逃げ切れると思えないのだが……。


「何があった?」


「ダイチに付き従っている女がいた。自主的に従っているらしい」


「その程度なら問題にならんだろ。まとめて捕まえればどうだ?」


「それが出来なかった」


「理由は?」


「ダイチはスキルキャンセラー持ちだったんだよ」


 またやっかいなものを覚えているな。接触した人のスキルを無効化する効果がある。威力だけ見ればSランク級ではあるが、効果範囲が狭いので総合的に見てAランクとされている。


 距離に関係なく発動するのであれば、Sランクに指定されていただろう。


「しかも従えている女が範囲増加のスキルを持っていたから相性は最高で、我々にとっては最悪だった。スキルに頼り切っていた騎士たちは、捕まえることは出来ずに逃がしまったんだよ」


「その男はどこに逃げた?」


「ナイテア王国だ」


 話の流れからして予想できていたが、最悪な回答が返ってきた。


 スキルを使用不可能な状態になれば、女が男性に負けることもある。暴力で他人を従えさせる術を知っているのであれば、これからもっと犠牲者が増えるかもしれない。


「しかも逃げた方角と時間からして、この町にいる可能性が非常に高い」


 最悪だなイオディプス君に悪影響を与えかねないぞ。彼が女を道具のように扱うかもしれないと考えるだけで、泣き出しそうになる。絶対に会わせたくない。


 駆け引きに時間を使っている場合じゃないな。


 これはなんとしてでも早急に対応しなければならない。ったく、イザベルは面倒な話を持ってきたものだ。この貸しはデカいぞ。


「だったら、さっさと捕まえないとな。イザベルも協力してくれるんだろ?」


「もちろんだ。同盟国として捜査協力をしよう。ダイチの顔を知っている騎士を一人派遣する。捜査隊に加えてもらえないか。費用は、こちらが持つ」


 悪くはない条件だ。ベッドから動けない母様には事後報告をするとして、この場で私が判断しよう。


 次期女王としての立場を任されていることもあって、そのぐらいの権限は持っているのだ。


「いいだろう。その条件で男性の捜査をしよう。これから詳しい作戦を話し合おうじゃないか」

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