第64話 スカーテ王女:囮を一人用意するために動いている

 ダイチを見つけるのは難しくない。嗅覚強化スキルで匂いを調べるのも良いだろうし、普通に聞き込みをしても情報は集まってくるはずだ。


 だが今回は同盟国の端につながる事件だ。大事にはしたくないので、この手の方法は使えない。


 我々が探すのではなく、向こうが出てくるようにするべきだろう。


「逃げた先で何をすると思う?」


「うーーん」


 腕を組んでしばらく悩んでいたイザベルだったが、何かを思い出したようで、はっとして目が大きくなる。


「そういえば仲間を作ろうとして他の男性を探していた」


「どういうことだ? 詳しく教えてくれ」


「ダイチは男性至上主義の国を作るために同性を探していると、聞いたことがある。そこでは男性の意見が全て正しく、女は奴隷のような扱いをしても良いらしい。全く馬鹿らしい話だ」


 優遇されて増長した男性にありがちな発想で、ナイテア王国でもたまに聞く。


 そんな思想にイオディプス君が染まってしまえば世界にとって最悪な結果となるだろう。貴重なSSランクスキル持ちの男性は、女に優しい存在でいて欲しい。ワガママな意見だとはわかっているが、彼が自然とそういう振る舞いをしてくれているから、どうしても期待してしまう。


 性欲にまみれた女を受け止めてくれる、優しい男性という存在に。


「話が本当なら釣るのは簡単そうだな」


「ほう。何を考えている?」


 悪い笑みを浮かべながらイザベルが聞いてきた。


 お茶会で悪巧みをするときの顔だ。小さい頃から変わらないな。


「この町に男性特区があって守るべき男性がいるんだが……実は囮を一人用意するために動いている」


「ほう、そいつを使って逃亡した男性を釣るのか?」


「理解が早いな」


「スカーテとは長い付き合いだからな」


 一呼吸置いてイザベルが再び口を開く。


「囮はどんな女なんだ?」


「男性だ」


「マジで言ってるのか?」


 まさか男性を守るために別の男性を使うとは思っていなかったようで、口をあんぐりと開けたまま驚いている。


「常識ではあり得ないからこそ、相手の隙が付ける」


「いや、まぁそうなんだが……どんな男なんだ?」


「でっぷりと太っていて、女を便利な道具のように扱う性格だ。名前はツエル。裏ではデブガエルと呼ばれているな。数日後に特区内の衛兵所に引っ越してもらう予定だ」


 女から守るという名目でここに貴重な男性がいると分かりやすく周囲に伝え、本命を隠して守る計画である。


「これは今思いついたことだが、さらに特区で守られている男性は女に暴力を振るう性格をしているといった噂を町中に流す。これで理想の国を作りたがっているダイチは食いつくだろう」


「驚くほど大胆な計画ではあるが……釣りは成功しそうだな。基本路線はそれで進めよう」


 イザベルも賛成してくれたのであれば、問題なく進められる。総責任者は私、現場の全体指揮はルアンナに任せれば良いだろう。補佐に衛兵団長のテレシアをつければ作戦の成功率はグッと上がるはずだ。


「詳細は私の部下と決めてからイザベルに話す。それまでここでゆっくりと待っているがいい」


 これからルアンナに会うため立ち上がる。


「待ってくれ。聞きたいことがある」


 ダイチのことではないだろう。私よりイザベルの方が詳しいからな。


 捕獲作戦についてはこれから決めるので、質問されても先ほどの話以上のことはでてこない。いったい何を知りたいのだろう。


「何だ?」


「特区に匿っている男性は魅力的か? どんな顔をしている?」


 一瞬、イオディプス君を奪い取ろうとして情報を集めようとしているのかと警戒したが、イザベルの顔を見て考えが変わる。


 口から涎を出していて瞳は欲望によって濁っている。脳内でまだ出会ったことのないイオディプス君の存在を妄想しているのだろう。


 何も伝えないのが正しい選択だというのはわかる。わかるのだが、私と同じ王女という存在に彼を自慢したい。悔しがる顔を見たいのだ。


 相反する気持ちがぶつかりあい……あっさりと欲望が勝った。


「顔はかわいい系だが、肉体は鍛えられていて腹筋は割れている。胸も厚いぞ」


「なんで、そこまで詳しいんだ! まさかスカーテ! はははははだかを見たのか!?」


 ニヤリと笑って答えた。こうすればイザベルの妄想が暴走するからである。


「どうせ性格はダイチみたいなクソなんだろ? 羨ましくなんていないからなっ!」


「女を大切にする最高の男性だ。我が国で一番といっても過言ではない」


「…………話してみたい。一生のお願いだから紹介してっ!」


 立ち上がると私の服を引っ張ってきた。振り払おうとしたがびくともしない。目が怖い。


 そういえばイザベルは惚れっぽい性格をしていたと思い出す。


 少しでも気に入った男性がいたら、すぐに貢ぐ性格だったな。それが災いして都合が良い存在としてその気持ちが利用されることは多く、最後はめんどくさくなって何度も捨てられる経験をしているらしい。


「無理に決まってるだろ! 自分の国で探せっ!」


「みんなデブかガリガリの男性ばかりだから無理! ちょっといい顔しているなと思ったら、暴力を振るうクソ男だったし! ダイチ、許さないんだから!」


「イザベル! まさか逃亡した男性に惚れてたのか!?」


「違う! お金と魔道具をプレゼントして気を引こうとしただけだ!」


「何が違うんだ! 王女なのに惚れっぽいのをなんとかしろっ!」


 面倒になってきたのでイザベルの体をガシガシと蹴る。それでもしがみついて離してくれない。しばらくして泣きながらイオディプス君に会いたいって叫ぶようになった。もう王女という風格なんて吹き飛んでいる。


 こんなのが同盟国の王女だと思うと頭が痛くなってきたぞ。


「スカーテ王女! 何かありましたか!?」


 騒動を聞きつけてルアンナが勢いよくドアを開いて入ってきた。


 私とイザベルを交互に見ると立ち止まる。


「えーーーと、そういうプレイですか?」


「違う! さっさとこの女を私から引き離せ!」


「は、はいっ!」


 命令を聞いて即座に行動を開始したルアンナは、私と協力してイザベルを引き離してくれた。服が破けてしまって下着が見えてしまったので、これも貸しとして付けておくからな。


 イザベル、覚えておけよ。

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