第56話 独り占めだけは許さない
みんなで地下通路を作って良いか話し合った。
パーティで買った家を改築することになるので揉めると思ったんだけど、誰も反対しなかった。即座に賛成してくれる。万が一、僕の存在が広がってしまった場合、逃げ道を用意しておくのは重要らしい。
未だに、自分がそこまでの価値があるって実感がないけど、全員が口を揃えて言ったんだから、そういうことなんだろうと受け入れることにした。
この町、いや、この世界は治安が良くないから、もうちょっと危機感は持った方が良いかもしれない。
そんなことを考えながらベッドで眠り、翌日の朝。また来てくれたルアンナさんに工事の許可を出した。
すごく喜んでくれて、後日、土魔法のスキル持ちの女性を三名派遣すると約束してくれた。
この世界はスキルを中心に発展してきたから、重機なんてものは存在しない。体一つで大規模な工事すらやってしまうので、準備はそんなに時間がかからないと思ったんだけど、
別の町に住んでいるらしく移動に数日かかるみたい。
待ち時間ができてしまった。
ちょうど良い機会なので、少し前からメヌさんにお願いされていた鍛冶場の見学にでも行ってみようかな。
* * *
僕はメヌさん、アグラエルさんと一緒に男性特区内を歩いている。女性に姿を変えているので、誰にも注目されていない。
「今日はイオちゃんのために、特別な物を作ってあげるから」
僕の尻を触りつつも歩くという器用なことをされながら、完成したばかりの鍛冶場へ向かっている。
鍛冶スキルを持っているメヌさん専用の場所として作ってもらったのだ。
費用はスカーテ王女持ち。
僕たちはタダで手に入れたように見えるかもしれないけど、世の中そんな都合良くはない。代わりにスキルブースターを使って作成した武具もしくはアクセサリーを数点プレゼントする約束をしている。
スキル進化をしてもらい鍛冶スキルの上位にあたる鍛冶マスターになったら、魔法効果が付与できるようになるため、金を積んでも手に入らないほどの希少な物ができあがるらしい。
そう考えると鍛冶場の一つや二つ、作っても惜しくはないと考えられる。王族としてちゃんと損得勘定ができるスカーテ王女は、バリバリと仕事をこなすデキる人だ。尊敬してしまう。
理性的だし、素敵な女性だ。
「近づきすぎだぞ」
ドラゴニュートのアグラエルさんが尻尾を振って、尻を触り続けているメヌさんの手を叩いた。さらに僕の体に絡みつき、引き寄せられる。
「妻である私が守ってやるからな」
え? 僕、いつ結婚した!?
聞き間違えだろうか?
誤解されたままでは困るので確認しないと……。
「独り占めだけは許さない」
手の甲が赤くなっているメヌさんは、尻尾を掴んだ。爪が鱗に食い込んでいてヒビが入っている。このままだと肉まで食い込んじゃいそうだ。誤解を解くどころの話じゃない。
助けを求めようとして周りを見る。
男性特区内にいる他の女性たちは様子をうかがっているだけ。住民の半数以上はスカーテ王女に仕えている騎士や兵士たちなんだけど、我関せずといった態度だ。
護衛対象である僕に危険がないから静観しているのかな。
力では女性に勝てないので、助けて欲しいんだけど……。
「魅惑のお尻を独占していたメヌには言われたくない」
「独占なんてしてないよ。誰も触らないから、使ってただけ」
「じゃあ私がお願いしたらシェアしたのか?」
「もちろん。お尻は二つに割れてるからね」
「左右で仲良く分け合えると?」
「うん。私たちならできる」
二人とも足を止めて見つめ合っている。
動けない僕は、見守ることしかできない。
「約束は守れよ」
「アグラエルもね」
「当たり前だ。ズルは嫌いだからな」
メヌさんの手が尻尾から離れると同時に、僕も解放された。
何かを言う前に左右からお尻をガシッと鷲づかみされてしまう。指が食い込んでいて少しだけ痛い。男は傷つきやすいんだから優しく扱って欲しい、なんて思うのは贅沢だろうか。
「さ、行こうか」
「私の鍛冶場、楽しみだなー」
なんとお尻を掴まれたまま持ち上げられてしまい、僕は足を動かすことなく前に進んでいる。
メヌさんとアグラエルの握力に感嘆すれば良いのか、それとも力強く尻を握っていて楽しいのか聞いてみるべきか……。悩んだけど黙っておくことにした。何を言ってもきっと無視されるか、最悪はケンカが勃発してしまう。
沈黙は金なり。
海外の誰かが言ってたことわざらしいけど、今の状況にピッタリだ。
偉い人たちも似たような状況を経験していたのかな。だとしたら、少しだけ親近感が湧いてしまう。
明らかにおかしい歩き方をしているんだけど誰も止めてくれないので、教えてもらった道を順調に進んでしまい、時間にして十分ぐらいでメヌさんの鍛冶場に着いた。
近くに家はない。
槌で金属を叩く際の騒音を懸念しての対応だろう。
鍛冶場は一見するとレンガ造りの家に見えるけど、赤い屋根には大きな煙突があって、煙を外へ出せるようになっている。家の壁からは細い通路が延びていて、庭にある小さな倉庫へ繋がっている。あそこには、炉に入れる炭や金属素材が入っているらしい。
趣味として使う鍛冶場であるため、看板や接客スペースは存在しない。気の向くまま作ることができるのだ。
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