第55話 ルアンナ:イオ君の上半身を舐めちゃいましたっ!!

 無事にイオ君の家から脱出した私は、男性特区エリアを出ると急いでスカーテ王女の屋敷に戻った。


 玄関を通り抜けに二階に上がり、無駄に長い廊下を突き進んで執務室のドアを開く。勢いが強かったみたいでバンと音がなった。


 羽ペンを持ちながら羊皮紙に何かを書き込んでいるスカーテ王女が驚いていたけど、気にしない。


 今日は、特大の報告があるから。


「イオ君の上半身を舐めちゃいましたっ!! すっごく美味しかったです!」


 羽ペンが握りつぶされて砕けた。


 欠片がデスクの上に散らばる。


 スカーテ王女が立ち上がると音を立てて歩き、ドアを閉めた。


 逃げ道を塞いだみたい。


 ゆっくりとこちらを見た。近づいてくると、私の前に立つ。


 もわっとした熱気とメスの臭いを感じる。発情しているみたい。


「詳しく、詳しく話すんだっっ!」


 正気を失っているようにも見える。やはり自慢しに来て良かった。友人とも言えるほど親しい仲ではあるけど、仄暗い優越感を感じる。


「実はですね。イオ君のお家に行ったとき、上半身裸で水浴びをしていたんですよ」


「覗き見は犯罪だぞ」


「家の敷地外から見えちゃったんだから、合法です」


「むむ……確かにそれは……」


「それにいいんですか。そんな真面目なことを言って。イオ君の体が、どうだったのか知りたくないんですか?」


「…………不問とする。続きを話せ」


 多少の葛藤はあったみたいだけど、最後は欲望に負けたみたい。


「そうこなきゃ!」


 普段は男なんて興味ありません、なんて態度をしているけど、実は私と一緒で本当は人一倍興味がある。こういった話題には食いつきが良いのだ。


 ここでしっかりとさっきの出来事を伝えれば、レベッタに捕まって土下座した失態も帳消しになる。そういう計画だった。


「良いですよ。それでは私が生け垣を跳び越えて、イオ君に飛びついたところから話しますね」


 私は水に濡れたイオ君の素晴らしい肉体と、固い肌触り、運動終わりのやや高い体温と早い鼓動。他にも匂いや味までも詳しく説明していく。特に抵抗しても逃げられない状況というのが良かったらしく、彼の表情まで詳しく聞かれてしまった。


 まるで初めて恋愛小説を読んだときのような胸の高鳴りを感じているようにも見え、王女ではなく一人の女性として興奮しているみたい。


「――話は以上です。脱出経路については明日最終確認する予定ですが、恐らく許可自体は下りると思われます」


「色々と突っ込みたいところはあるが、良い話を聞いたので不問とする」


 言い終わるとスカーテ王女は執務室から出ようとする。


「まだ話があるんですが?」


「トイレだ。少し待ってろ」


 ドアを開きっぱなしにして行ってしまった。


 ナニをするなんて分かりきっているので突っ込まない。情けをかけてあげる。


 来客用に置かれている、ふかふかのソファに座ると戻ってくるのを待つけど、なかなかこない。眠くなってウトウトしてしまう。


 夢の中でイオディプス君に会いたいなぁなんて思っていると、足音が聞こえたので立ち上がった。


「待たせたな」


 爽やかな顔になったスカーテ王女が執務室に入ってきた。


 私の前に立つと、手を腰に当てて話しかけてくる。


「明日は脱出経路の話がまとまるまで、戻ってくるなよ」


 いきなり仕事の話を再開されてしまった。


 トイレに行ったことはなかったことにしたいらしい。いいよ。その茶番付き合ってあげる。


「もちろんです! イオディプス君たちから作成の許可が出たら、信頼できる土魔法を覚えている女性を引き連れて、このお屋敷と繋がる地下通路を作る。それでよろしいですか?」


「いや、計画を変える。地下通路は二つ作ろう。一つはこの屋敷、もう一つは外へ出る道だ」


「もしかして……スカーテ王女は、この町が襲われるかもしれないと考えているんですか?」


 町の外へ出る地下通路なんて、使い道は一つしかない。


 今住んでいる町が陥落したときのみだ。


「最近は魔物の活動が活発になっていると聞く。最重要男性の保護はやり過ぎぐらいがちょうどいい」


 そういえば魔物による被害件数が増えているから、私たち騎士が何度か遠征をして討伐していたことを思い出す。


 イオ君が戦ったメスゴブリンたちだって村の近くで出会ったのは異常だ。私たちが間に合わなければ助けられなかったと思うと寒気がする。


 彼が死んじゃったと想像するだけで生きる希望が失われていく。


 そんなこと絶対嫌だ。安全のためにも魔物討伐には、より一層力を入れようと心に誓った。


「確かに、今の状況を考えればイオ君を守るために必要なことですね」


「その通りだ。魔物の不穏な動きについては、国の学者や冒険者たちに調査を依頼している。もうすぐ詳細な報告が来るはず。今できる対策をしつつ待つことにしよう」


 先ほどの男性に恋する乙女の顔は完全に消えて、王女として相応しい威厳を感じる。


 それほど今発生しつつある問題は重いのだ。


「かしこまりました。魔物の被害が落ち着くまでは男性特区の警備を厳重にするよう、衛兵たちにも伝えます」


「それでいいが、ルアンナは中に入るなよ?」


「なぜでしょうか?」


「美味しい思いばかりしてズルいからっ!」


 急に女王の仮面が剥がれてしまったみたい。それほど私の話した内容が羨ましかったんだ。


 さっき感心した気持ちを返して欲しい。


 既にイオ君の近くに住んでいるのだから、外に出ろと言われても無理な話。お断りです!


「屋敷と脱出経路が繋がれば、いつでも会いにいけるんだから良いじゃないですか!」


「……それまで我慢しろと?」


「そうですよ。問題は山積みなんですし、仕事に専念してください」


 現在、女王陛下が病で倒れているため、働ける王族はスカーテ王女だけ。


 大変だとは思うけど頑張ってもらわないと。国が傾いたら私たちが困る。


「ううっ……」


 それはスカーテ王女も分かっているみたいで、涙目になりながら席に戻ると、新しい羽ペンを取り出して仕事を再開した。

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