第54話 あれは事故、事故なんです~~!

 三十分ほど追いかけっこをした結果、僕の目の前に正座をして頭を下げている女性――ルアンナさんがいる。


 近くには腕を組んで大きな胸を強調させているレベッタさんが立っていて、ものすごい形相で睨みつけていた。本気で怒っているみたいで、眉毛がすごくつり上がっている。


 家の中で他人はいないからいいけど、外だったら大問題になってそうな光景だ。


「どういうことか説明してくれますよねっ!」


 怒気を含んだ声だ。


 腕が少し動き、同時に大きな胸が揺れる。目が離せないっ!


「スカーテ王女から要望があって来ました!」


 土下座をしたままだから、ルアンナさんの表情はわからない。少し震えている気がした。


「イオ君を襲えって命令だったの? もしそうなら、こっちも考えがあるんですけどっ!!」


「違いますっ!」


「じゃあなんで、ははははだかのイオ君を襲ったの!?」


「あれは事故、事故なんです~~!」


「嘘だっ! 絶対、ルアンナが服を脱がしたんでしょ! 羨ましい! ずるいよっ!! 私だってしたかったっ!」


 後半はレベッタさんの本音がダダ漏れしていたけど、気にしないようにする。


 話が脱線しちゃうからね。


 今回の件について僕は大して気にしてないし、何より目の前で土下座している女性がいると落ち着かない。早めに許してあげてスカーテ王女の要望というのを聞きだそう。


「レベッタさん。少し落ち着いてください」


「イオ君……?」


「家の敷地内だからと油断して、自分で服を脱ぎ、上半身裸になったんです。僕も悪い部分がありました。ルアンナさんを責めるのはこのぐらいで終わりにしませんか?」


「ダメだよ! イオ君は優しすぎる! 男を襲う女なんて処刑されてもおかしくないほどの重罪なんだから!」


 まさかこの程度で、処刑されるほどの罪になるとは思わなかった。


 慣れてきたとは思ったんだけど、この国の制度には驚かされてばかりだ。


「だったら、なかったことにしましょう。被害者の僕が気にしてないんですから、ね?」


 僕のせいで女性が死んでしまうなんて耐えられない。クソ親父と同じになってしまう気がする。


 幸いなことに目撃者は三人しかいないんだし、何とかしてもみ消したい。


「もしかして……イオ君は……」


 組んでいた腕が僕の方に伸びてきて、肩を掴まれてしまった。レベッタさんの顔が急接近する。息がかかるほどの距離だ。


「ルアンナのことが……す、す、す……」


 鼻息が荒くて僕の顔にかかる。目がグルグルしているように見える。焦点が合ってないというか、正気じゃないというか、そんな感じ。


「好きなのかな……?」


 ぞわっと背筋が凍るほどの恐怖が全身を襲い、即答できなかった。


 逃げるように視線を下の方に向けると、土下座していたルアンナさんは顔を上げて僕を見ている。不安と期待が混ざっているようだ。


 一歩間違えれば戦争が始まってしまう危うさを覚えつつ、慎重に回答する。


「僕は出会った女性、全員が好きですよ」


「そそれって、あれかな。私もルアンナみたいにしても良いってことだよね? 嫌がらないよね?」


 なんか本筋から大きくズレて煩悩が暴走しているみたいだ。


 掴まれている肩の骨からギチギチと音が鳴っていて、レベッタさんが自身を制御できていない。


「もちろん、嫌じゃありませんけど、今はダメですからね。スカーテ王女のお話を聞く方が優先です」


「やたーーー! それがおわったら、触り放題だね!」


「一緒に触りましょう!」


「うん! 仲良く分け合おうね!」


 勝手に土下座から解放されたルアンナさんとレベッタさんが意気投合した。混ぜるな危険てきな雰囲気があるけど、怖くて何も聞けない。


「それでスカーテ王女からの要望って何でしょうか?」


 だから、話題を変えることにした。


「ああ。その件、忘れてました。どうでもいい話……じゃなかった。重要な相談があってきたんです」


 欲望に負けず、ルアンナさんが正気を取り戻したみたい。


 真面目な表情に変わる。


「実はこの家に緊急脱出用の地下通路を作れないか相談があってきたんです」


 詳細を聞かなくても作りたい理由は分かる。SSランクスキル持ちの男を守るためなら、防御手段は多いに越したことはないからね。万が一の可能性すら許せないんだと思う。


「レベッタさんはどう思います?」


 この家の持ち主はレベッタさんたちのパーティだ。僕に決定権はないので聞いてみた。


「何があるか分からないからね。この家が襲われる可能性はゼロじゃないし、私は賛成だよ」


「じゃあ。他の人も賛成してくれるのであれば、僕は異論ないです」


「ありがとうございます。土魔法を使って脱出経路を作るんですが、そのときにスキルブースターの力も借りれませんか?」


「良いですよ。工期が短縮できると思いますし、協力します」


 秘密の脱出経路となるんだから、早めに終わらせないとね。


 協力しても問題はない。


「それでは私は明日また来ます。今日中に残りの方と話し合って結論を出してもらえると嬉しいです」


 名残惜しそうな顔をしていたけど、ルアンナさんは家を出て行ってしまった。欲望より仕事を優先できたルアンナさんは、すばらしい。仕事人って感じがして格好よく感じる。


 バタンとドアが閉まった。


 部屋に戻ろうとしたら、レベッタさんに押し倒されてしまう。


 僕の服を強引に脱がして、上半身裸にされた。


「いただきまーす!」


 胸を頬ずりされてしまう。ペロッと軽く舐められた。手が下半身に回ってきたので、これ以上はダメと言おうとしたらドアが開く。


「殺す」


 剣を抜いたヘイリーさんが暴れ出して、アグラエルさんが止めに入り、メヌさんが隙を突いて僕に抱きつき、家の中がとんでもないことになってしまう。


 また女性同士のケンカだ。


 止めようとしたけど吹き飛ばされて壁に当たる。


 仕方がないので見守ることにしたけど、騒動はなかなかおさまらず、落ち着くのに五時間はかかってしまった。

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