第53話 気持ちいい~~!

 男性特区を一周して、ランニングが終わったので家に戻った。


 女性に変装するための指輪と黒いチョーカーを外す。自宅では使わないで欲しいと懇願されたので、ルールは守らないとね。


 これで外見は元に戻ったはずだ。


「ただいまー」


 返事はない。出て行くときは賑やかだったんだけど、今はしんと静まっている。


「誰もいませんね」


「冒険者の仕事探しに行ったのかも」


 国からお金がもらえる僕とは違って、レベッタさんたちは働かなければいけない。


 しばらく依頼を受けてなかったこともあり、冒険者ギルドに行ったんだろうと思った。


「レベッタさんは行かなくても良いの?」


「イオ君を一人にはできないからね。皆が持ってきた依頼を受けるから気にしないで」


 そっか。僕を一人にしないよう、別れて行動しなきゃ行けないのか。みんなに迷惑をかけちゃったなと思う一方で、男性が貴重な世界なので生きている限りずっと続く。気を使ってもらえるのが当たり前だとは思わず、いつも感謝の気持ちは持ち続けよう。


「着替えてくるねぇ~」


 宣言したレベッタさんは部屋の奥にある階段を上って二階に行ってしまった。


 ランニングをしたことで僕も全身に汗をかいている。着ている服は水分を吸収していて湿っぽい。


 着替えたいなとは思うけど、その前に水で体を冷やして汗を洗い流したい。


 家にはお風呂場もあるけど、この家の作りは少し古いみたいで、井戸から水を運ばないといけないのだ。ちょっと面倒。


 足が鉛のように重く感じるほど疲れているし、これ以上の運動は避けたいところ。


「…………今は誰もいない」


 レベッタさんは着替えに時間がかかるだろう。少しの間であれば一人の時間は確保できる。


 よし、さっそく行動だ!


 中庭の方に移動して井戸の前に立つ。


 上着を脱ぎ捨てた。


 肉体が太陽の下にさらされる。しばらく怠けていたから筋肉は落ちていると思ったけど、そんなに変わってないみたい。腹筋は割れているし、腕や胸はちゃんと盛り上がっている。


 何もしなくてもモテてしまうため、この世界の世界の男は体を鍛えないらしいけど、前世の美意識が残っている僕としては適度に筋肉は付けておきたいと思っちゃう。


 やっぱり格好いい自分でいたいからね。


 井戸のロープを引っ張ると、天井部分に付いた滑車がカラカラと音を立てて回り、水がたっぷりと入った木製のバケツが上がってきた。脇に置いて指を突っ込んでみると、ひんやりとした冷たさを感じた。


 温度は問題ない。バケツを持つと、下を向いて頭から水をかぶった。


「気持ちいい~~!」


 火照った体には冷たい体だね!


 全身が喜んでいる。


 髪を伝って水がポタポタと地面に落ちていく。大量の水が一気にまかれたので小さな水溜まりができていた。


「もう一回、水かぶろうかなぁ」


 レベッタさんの声は聞こえないので、まだ時間は残っていそうだ。


 すぐに水をくみ上げれば間に合うはず。


 バケツを井戸に落としてもう一度、ロープを引っ張ろうとする。


「はぁぁぁあああああっっっ!?」


 女性の声がしたので振り返ると、スカーテ王女の騎士であるルアンナさんがいた。


 町中なので金属鎧は着ていない。カーキー色の軍服と腰には片手剣がぶら下がっている。真っ赤なショートカットヘアーをしているんだけど、同じぐらい顔も赤くなっていた。


 目はまん丸と開いていて、瞬きはしていない。

 絶対にこの場面を見逃さないといった強い意思を感じた。


「裸の男性が、水浴び!? これは夢っ!!!!」


 フラフラとこちらに向かって歩いてくる。僕とルアンナさんの間には生け垣があるんだけど、ぴょんと跳躍して飛び越えてしまった。


 言葉にできない根源的な恐怖を感じてしまい、一歩後ろに下がる。


 コツンと井戸に当たって止まる。


 バランスを崩してしまい、落ちそうになってしまう。


「捕まえたっ!!」


 倒れる直前でルアンナさんに抱きしめられてしまい、ダンスをするような感じで半回転すると地面に押し倒されてしまった。


 腕は押さえつけられている。体は動かせない。目の前にはルアンナさんの顔が合って、野獣のような目をしていて理性は吹き飛んでいそうに思える。


「落ち着いて話し合いませんか?」


 当然のように返事はない。胸に顔を埋めてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……良い匂い」


 なんか冷たい感触もすると思ったら、ルアンナさんは舌をだし胸を舐めていた。


 え、ええ!? 何をしているんですか!


 汗は完全には取れてないから、しょっぱいですよッ!


「だりゃぁぁあああ!!」


 すごい声が聞こえた。

 地面が揺れる。

 僕に覆い被さっていたルアンナさんが吹き飛んだ。


「イオ君、大丈夫!?」


 助けてくれたのはレベッタさんだった。


 鼻から血が出ていて服装が乱れている。着替えの途中で慌てて駆けつけてくれたのかな。


「はい。僕は無事ですけど、レベッタさんのケガは大丈夫ですか。鼻から血が出ています……」


「うん。問題ないよっ! それよりも、不届き者を捕まえなきゃ!」


 ゴシゴシと腕で鼻を拭うと倒れているルアンナさんの方に走って行ってしまった。


 本人が大丈夫と言っているんだから良いのかもだけど、体調が心配になってしまう。


 急いで上着を身につけると後を追うことにした。

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