第57話 ぼ……私も中を見たいです
「すごい。立派な建物」
目を輝かせながらメヌさんが呟いた。
僕のお尻を掴んだままなので、いまいち感動しているようには見えない。
ドワーフは酒と鍛冶が大好きで他は二の次というイメージだったんだけど、現実は違うみたいだ。日本にいる人たちに、ドワーフは男の尻が一番好きなんだと教えてあげたい。きっと驚いてくれることだろう。
「まさか私たちが鍛冶場を持てるなんて思わなかったな。スカーテ王女には感謝しなければ」
隣にいるアグラエルさんもお尻を掴んだままだ。
僕の足は宙に浮いている。
「そろそろ手を離しません?」
二人とも反応はない。無視されてしまった。さすがにこの状況で中には入りたくない。
興味深い場所なのだから自分の足で調べたいなと思う。
「お願いします。離してください」
「どうしても?」
もう一度言ったら、メヌさんが目を潤ませながら聞いてきた。
普段はしれーっとセクハラをしてくる彼女が、こういうときだけ弱々しい感じで聞いてくるのはズルい。
僕は女性の涙や弱さを出されてしまうと、母さんを思い出して何も言えなくなる。
「できれば……ですが……本当に嫌ならこのままでも……」
自分で言っておいてなんだけど、煮え切らないというか、優柔不断な言動をしているなとは思う。でも仕方がないじゃん。女性に悲しい思いをさせるぐらいなら、死んでも良いと思う気持ちがずっとあるんだから。
悲しい思いをするのは男だけでいい。女性は常に幸せでいてくれ。
子供だから、守られる立場だからと、母さんが殴られる姿を泣きながら見ることしか出来なかった罪を償うには、知り合った女性を全員幸せにするぐらいのことをしなければいけない。
誰に言われたわけじゃないけど、そう思っているし、第二の人生をもらった僕の使命だと感じている。
もし、デブガエルのように女性を虐げる男が目の前にいたら、絶対に許さない。
それこそクソ親父を殺したときのように、命に代えてでも止めるつもりだ。
「名残惜しいのは私も同じではあるが、これから鍛冶をするんだ。そろそろ手を離しても良いんじゃないか?」
助け船を出してくれたのはアグラエルさんだった。
「うん。そうだね」
意外とあっさり納得したメヌさんは、手から力が抜けた。
やはり鍛冶に興味はあるみたいだ。
お尻から手を離してくれる。
アグラエルさんは、メヌさんと一緒に家の中に入ってしまった。姿が見えなくなる。
しつこく絡んだ後は放置プレイだ。極端すぎる。この世界の女性は、ほどよい距離感というのがないのだろうか。
「置いていかないでください! ぼ……私も中を見たいです」
小走りで家の中に入ると、油と水と鉄のにおいが鼻に入った。
居住用とは違って独特の空気感がある。奥に炉があって煙突とつながっている。近くには水や槌、金床など武具を作るのに必要な道具が一通り置かれていた。
さらに別の場所には背もたれのない丸い椅子があって、テーブルの上にはヤスリやニッパー、ペンチ、ハンマーの他、僕じゃ分からない謎の道具もいっぱいあった。何を作るんだろう。アクセサリーかな。
珍しい物ばかりがいっぱいだ。
それらに意識をとらわれていたことで、やや後れて重大なことに気づく。
「二人ともいない……?」
てっきり鍛冶の道具を触って喜んでいると思っていたんだけど、予想とは違って姿が見えない。部屋の右側にドアがあって開きっぱなしになっているから、どこかに行ったのかもしれない。
彼女たちの後を追うために歩き出す。
空いていたドアを通り抜けると廊下になっていた。奥は見えない。
左右にドアが二つあるから開けてみると、片方は庭に出られるようになっていて、もう一方は寝室に繋がっていた。ベッドと木製のナイトテーブルしかないけど、今日からでも寝泊まりぐらいはできそうだ。
廊下に戻って奥に進んでいくと、また開きっぱなしのドアが見えた。
「良い感じ。王家はかなり奮発したみたい」
メヌさんの声が聞こえた。急いで中に入る。
室内に金属がいっぱいあった。鉄っぽいのから、黄金や銀っぽいけどなんだかすごい雰囲気を出している物まで木箱に入っている。
他にも骨や鱗といった魔物の素材まで用意されているのだから驚きだ。
そんな部屋の中でメヌさんは、鉱石のようなものを手に持って小躍りしている。
アグラエルさんは腕を組みながら、困ったように笑っていた。
「二人ともここにいたんですね。探しちゃいました」
僕の声を聞けばすぐに反応してくれると思ったのに、メヌさんは手に持っている鉱石に集中していて気づいてない。
「最上級の素材を眺めるのに忙しいらしい」
艶のある鱗に覆われた尻尾が体に絡みついてきた。持ち上げられると、アグラエルさんの目の前に移動する。抱っこされた。
赤ちゃんって、こんな感じなのかななんて思っちゃった。
「メヌはしばらく動かないだろうから、私たち他の部屋を探索しよう」
「わかりました。ついでに庭も見ませんか?」
「もちろんだ。井戸の状態も気になるし、必ず行こう」
今日は歩く機会が少ないなと思いながら、尻尾に掴まれたまま僕は倉庫から出る。鍛冶場の探索を再開することにした。
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