第36話 二人ともお前に執着しているな
初老の男性に羊皮紙を返すと代わりに鉄のプレートをもらう。冒険者ランクD、イオと書かれているだけだ。丸い穴が空いていて、首にかけられるようにヒモまでついている。死体の身元確認に使うドックタグみたいなものなんだろう。
「細かいルールはお仲間に聞くんだな」
言い終わると同時に俺のことを見なくなった。さっさとどっかに行けという無言の圧力を感じる。
接客業としては落第点レベルなんだが、近くから「イケオジ! 渋くて格好いい!」みたいな声が聞こえるところから、男性という理由で問題にはなっていないんだろう。楽をしやがって。俺は絶対にそうはならないぞと心に決めた。
「ありがとうございます」
冒険者タグを首にぶら下げてから受付を離れ、レベッタさんたちと合流する。
「これで私たちの仲間になれたねっっ!」
「ずっと一緒」
二人とも笑顔で歓迎してくれた。抱き付いて冒険者タグを触ってくる。同じ職業に就いているという事実だけで嬉しいのだろう。
俺も同様だ。ふわふわと地に足がつかないと感じていたのだが、職を手に入れたことで、この世界の住民になれたんだと実感していた。
「Dランクだと特典は一切ないから、CかBぐらいまで上げておく? 税金が少し安くなるんだよね」
「賛成。ランクが低いと同じ仕事が受けられない」
俺の冒険者タグを触りながら議論している。そういえば二人のランクはどのぐらいなんだろうか。
口ぶりからするとBぐらいまでは行ってそうだが。
「二人のランクは……」
「おいおい、レベッタじゃないか。何でお前はすぐに釈放されたんだッ! ムカつくからぶん殴ってやる」
殺気立っている声が聞こえたので、話を途中で止めて顔を向ける。
あれは、俺を襲うとした獣人の女性だ! 尻尾をピンと立てて毛が逆立っている。かなり苛立っていそうだ。
顔にいくつもの痣が残っていて痛々しい。あの時の騒動で大きなケガは負っていなかったはず。するとその後、衛兵所で暴行を受けた?
テレシアさんが管理しているとはいえ常に監視できているわけではない。きっと部下が暴走したのだろう。
「うるさいな。イオちゃんとの会話を邪魔しないでくれる?」
いっきに機嫌が急降下したレベッタさんは、俺から手を離した。ヘイリーさんは剣の柄に手を当てていて、いつでも抜刀できるようにしている。
二人とも目が暗く、どんなことでもやってしまう雰囲気をまとっていた。
俺を守るためであれば、平民の一人や二人殺しても問題にはならないだろう。法では彼女たちを止められない。
であれば、俺が動くしかないのだ。
「みんな落ち着いて」
獣人のお姉さんとレベッタさんたちの間に立つと、両者を睨んだ。
「てめぇ、誰だっ」
「レベッタさんの友人で、今日から同じパーティになるイオです」
興味を持ったのか、獣人のお姉さんは俺を見る。
「あなたのお名前は?」
「カリナだ」
「素敵なお名前ですね」
「お、おう」
急に褒められて勢いが落ちたな。狙い通りだ。
少しだけ空気が軽くなった。
「綺麗なお顔に傷がついてますね。レベッタさんがやったのですか?」
「……殴ったのは別のヤツだが、原因を作ったのは、そこの女だ」
気まずそうな顔をしながら、カリナさんはレベッタさんを指さした。
引っ込みが付かないんだろうな。プライドが高いのかもしれない。相手が謝ることはないだろう。
「イオちゃんの前で嘘をつくなんて! 許せないっ!」
「殺そ。それがいい」
落ち着いたと思ったのにレベッタさんは矢を番え、ヘイリーさんは剣を抜いてしまった。
沸点低すぎだろッ!!
職員が止めに入らないかと期待してみたが、初老の男性は腰を抜かして逃げ出そうとしていた。女性の職員たちは眺めているだけ。使えそうにない。
「二人とも武器をしまってくださいッ!」
カリナさんを守るようにして立ち、両腕を広げる。
したくはないが、二人をキリッと睨みつけた。
「え、どうしちゃったの? イオちゃん……」
「浮気はだめ」
殺意が俺の方に向けられた。ここでビビってはいけない。
「お互いに罰を受けて償ったんです。これ以上、争う理由はありません」
くるりと回ってカリナさんを見る。鼻をピクピクと動かしていた。
「お前はあの時の女か?」
マジックアイテムで姿や声を変えても体臭は変えてないからな。匂いでわかったのか。
俺が女性だと思い込んでいるからこそ、男だとは気づけてないのだろう。
「ええ。そうです」
「ふーん。顔は普通だが、二人ともお前に執着しているよな」
顔を近づけられてじっくりと見られてしまう。正体がばれないか心配ではあるが、表には出さずに笑顔を維持する。
「男狂いのレベッタが女に走るねぇ。この目で見なければ信じなかっただろう」
なんとも不名誉な二つ名を付けられているなッ!!
「私はカリナさんに襲われかけましたが許します。ですから、この前の出来事はなかったことにしませんか?」
「…………わかったよ。お互い様、ってことで忘れてやる」
先に俺が折れたことで、彼女のプライドと折り合いがついたようだ。怒りを引っ込めて立ち去ろうとする。
「待ってください」
小走りで駆けよって銀貨を数枚渡す。これはお小遣いとしてスカーテ王女からもらったものだ。
「治療費です。その綺麗な顔が一日でも早く治ることを祈っています」
「ありがとよ」
短く礼を言うと、今度こそカリナさんは階段を降りて去ってしまった。
スカーテ王女と話して、俺は微妙な立場にいると気づけた。特大の火種を抱えているのだから、些細なトラブルは上手く回避していくべきだろう。そういった慎重な行動が自由と安全につながるはずだ。
振り返って二人を見る。しょんぼりとしていた。ちゃんとフォローしてあげないと。
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