第37話 胸がない
「怒ってる?」
いつもの元気なレベッタさんの姿はない。男狂いって言われるぐらいなんだから、俺が離れていくことを何よりも恐れているのだろう。
彼女を安心させるのは簡単だ。怒っていないと言えば良いだけだから。
でも、それだけで暴走は抑制できるのか?
短期的には可能だろう。今回みたいに乗り切れるはず。だが、何度も上手くいくとは思えない。いつかはスキルランクSS持ちの男だとバレてしまうだろう。その時になって身の振り方を考えても遅い。
世界中から狙われる状況になるので、生活は一変してしまうから。
レベッタさんたちに変わってもらうのは難しいだろうから、自由と安全が確保されている今のうちから、準備をしておくべきかもしれない。
スキルブースターがどこまでできるのか検証し、仮に世界中が敵になっても戦える力を蓄えこう。俺にはその力があると知っているのだから。
「怒ってませんよ」
無理して笑顔を作りながらレベッタさんを抱きしめる。安心したのか強ばっていた体から力が抜けるのを感じた。
「本当に?」
「もちろんです」
今度はヘイリーさんの体を抱きしめる。彼女からも力が抜けたので俺の言葉を信じてくれたようだ。
この後は町の観光に出る予定だったが、計画は変更しよう。冒険者としての活動時期を前倒しにするのだ。
「家に戻りましょうか」
「いいの?」
「少し、相談したいこともあるので」
「わかった。帰ろう」
ヘイリーさんは予定を変えたことに深く追求することはなかった。出会ったときから俺の行動を尊重してくれる。
そんな彼女たちを巻き込む覚悟を決めなければいけない。
俺は一人だと何も出来ない男だから。
* * *
工事中の道を抜けて家の前に着いた。
誰もいないはずなのだが中は騒々しい。もう俺の存在がバレてしまったのか?
最悪な想像をしてしまって警戒心が高まる。戻ってきたことを悟られる前にスカーテ王女の屋敷に逃げ込むべきだろうか? あそこなら護衛の騎士がいるだろうから、スキルブースターを使えば襲われても撃退できるはず。二人に作戦を伝えよう。
「あー。二人が帰ってきたみたいだねっ!」
声をかける前にレベッタさんがドアを開けてしまった。警戒している様子はなく、家の中へ入ってしまう。
どういうことなのかと気になり、ヘイリーさんを見た。
「私たちは四人パーティ。覚えている?」
「あ……」
たしか、他の仲間はドワーフと竜人の二人だったはず。そうか、彼女たちが戻ってきていたのか!
「イオちゃんを紹介する。きて」
手を握られると引っ張られるようにして、俺たちも家に入る。
いつもくつろいでいるリビングには、ドラゴンの羽と尻尾を生やしたスラリとした体型の女性と、俺よりも背が低くピンク色の髪を三つ編みにした女性がいた。二人とも私服で武器は持っていない。帰ってきてからある程度、時間が経っていたのだろう。
「男を捕獲したってどういうこと!! 隠してないで紹介しなさいっ!!」
竜人の女性がレベッタさんに近づくと、襟を掴んで怒鳴っている。俺たちが入ったことにも気づいていないようだ。背の低い女性は腕を組んで様子を見ているだけ。落ち着いているように見えるけど、何を考えているのかわからない怖さを感じた。
「竜人のほうがアグラエル、背の低いドワーフがメヌ」
「俺も自己紹介するべきですよね?」
「うん。ちょっと待って」
ヘイリーさんはスタスタと歩くと、アグラエルさんの頭を軽く叩いた。
「紹介する。落ち着け」
「わ、わかった……」
アグラエルさんが俺の方を見た。
喜びの顔が失意に変わる。
「女じゃないかっ! ヘイリー、また騙したのかっ!」
「慌てるな。バカ」
「バカとはなんだ! バカとは! お前の方がバカじゃないかっ!」
「どこが?」
「え、それはだな。あれで……」
口げんかは話良いようで、アグラエルさんは言い淀んでいた。
二人が言い合っている姿を見ていると胸をツンツンと指で押された。ドワーフのメヌさんだ。
「胸がない」
マジックアイテムで姿を変えていると気づいたようだ。
確信を持った動きだったので、そういったアイテムがあると知っての行動だったのかもしれない。
「あなたがイオディプス君?」
名前を知っていることに疑問を持ちつつ頷く。
メヌさんがいきなり股を触りだした。
「この突起物は間違いない。本当に男だ」
だらしない顔をしながらずっと撫でている。強くもなく、また弱くもない。丁度良い刺激を与え続けられている状態である。大きくなってしまいそうだ。
このままではいけない。レベッタさんに見つかったら参加してくるぞ!!
急いでメヌさんの手を掴んで股から離す。
「先に挨拶をさせてもらえませんか?」
「……怒らなかった。いい男だね」
見た目は幼いのに大人っぽい言葉遣いだ。不思議に感じながら小指に付けた指輪を撫でる。これで元の姿に戻ったはずだ。
「男、男がいる……」
アグラエルさんが呆然としていた。先ほどの勢いはない。足をモジモジと動かしながらチラチラと俺を見ている。
「イオ君! アノ女がいじめてきたの! 慰めてーーーっ!」
俺の存在に気づいたレベッタさんが飛びつき、抱きしめられてしまった。俺の体を持ち上げて力強く拘束しているので逃げられそうにない。
ミシミシと骨が軋む音が聞こえていた。
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