第35話 使える武器は?

 少し様子がおかしかったレベッタさんとヘイリーさんを連れて外に出た。


 レベッタさんは革鎧に弓というスタイルで、ヘイリーさんはブレストアーマーをつけ、腰から片手剣をぶら下げている。手にはラウンドシールドがあった。


 一方の俺は一般的な女性が着るような服装だ。丈の長いワンピースである。色はベージュで特徴的なデザインはない。アクセサリーも付けてないので、人混みの中に入れば埋没してしまうだろう。


 住宅街を歩いていると武装した人が増えていることに気づく。それも素人が見てもわかる高級品を身につけているのだ。スカーテ王女が派遣した護衛たちで間違いないだろう。


 しかも変化はそれだけじゃない。


 百人近い大工さんが集まって周辺に壁を作っている。


「王女はここを特区にするみたいだね」


 知らない単語が飛び出た。教えて欲しいと、目線をレベッタさんにおくる。


「男性の中でも特に貴重な人が住むエリアは、女が勝手に入ってこないよう壁を作って安全性を高めるんだよ」


 俺が誘拐もしくは暗殺されないための対策という訳か。近隣住民を総入れ替えするだけじゃなく、周辺環境まで変えてしまうとは。王家の力はすごいな。


「ここに男がいるってバレちゃいませんか?」

「かなり広い地域が特区になるし、指輪もあるから探し当てるのは不可能だよっ!」


 ということは、俺が致命的なミスをしなければ安全と自由は確保できるということだな。


 本当は王城に軟禁したいはずなのに、俺の意志を尊重させてくれるスカーテ王女に感謝しなければ。この世界に来てから恩人ばかりが増えていく。


「イオちゃんのためなら当然。もっとやっていいぐらい」


 ヘイリーさんは少し不満そうだ。町を変えるほどの大工事をしているのに足りないとは。


 いったい何をすれば満足するんだ。


「本当ならイオ王国を作るべき。そして私は王妃」


 口がだらしなく開いて、涎を垂らしていた。


 この人は静かに変なことをいうから油断できない。突っ込むタイミングを逃してしまった。


 えへへなんて呟いているヘイリーさんは放置して、レベッタさんと話ながら歩く。声まで変わっているからすれ違う人たちは誰も気にしない。


 人生で初めて感じる自由を全力で楽しもうじゃないか。


 良い匂いがしたので、気が赴くまま屋台で串焼きを購入。歩きながら食べる。固めだが肉汁は美味い。胡椒や塩加減がちょうどよくB級グルメとしては最上級だ。


「私にも頂戴っ」


 おねだりされたので肉が一つ減った串を渡す。


 ゆっくりと口を開いたレベッタさんが、串に刺さっている肉を入れた。


「えへへ。いつもより美味しいねっ」


 幸せそうに笑っているので俺もつられてしまう。


 偶然にも空いている手がレベッタさんに触れた。俺を見たので小さく頷くと指が絡まり合う。


 ようやく現実に戻ったヘイリーさんが俺から串を奪い取ると、もう一方の手をつなぐ。


 言葉はない。手を経由して心がつながり合っているように感じた。


 冒険者ギルドの前につくまで俺たちはずっとこのままだった。


* * *


 冒険者ギルドには武装した女性が多くいた。立ち話をしている人、壁に掛けられた依頼票を眺めている人、奥の受付から金をもらっている人などがいて騒がしい。


「登録受け付けは二階だよ」


 二人は俺を案内するため、先に行ってしまった。見失わないように後を追う。


「最近は魔獣退治の仕事が多いな」

「国境付近の偵察任務? なぜ冒険者にこんな依頼が?」

「最近は物価が上がって稼ぎが足りない」


 物騒な言葉を聞きながら階段をのぼっていいくと、二階に到着した。


 ここは人が少ない。受付は二つあって片方は三人の女性が手続きをしていた。彼女たちも俺と同じで、これから冒険者になるのだろう。


「イオちゃん、こっちだよ」


 レベッタさんが手を振っていた。手続きをしている人たちが俺を見たので恥ずかしい。


「すぐにいきます」


 小走りで二人のところにつくと、受付の前に立つ。


 珍しい。男だ。初老に入るぐらいの年齢に見える。体の線は細いが、髪をオールバックにしていて格好いい。イケオジという表現がぴったりな人だ。


「はじめまして。イオです」


 新しい身分証明書の名前があだ名と同じだったので使い回している。こういった細かい部分についても、スカーテ王女が事前調査して決めていたんだろうな。


「用件は?」

「冒険者登録をお願いします」

「では身分証明書を見せてください」


 こっちは挨拶したというのに初老の男は名乗らなかった。業務的な手続きを淡々と進めていく。


 スカーテ王女からもらった女性用の身分証明書を取り出すと、カウンターに置いた。記載されているスキルは清掃になっている。


 初老の男は手に取ると羊皮紙に書き込んでいく。


「使える武器は?」

「ナイフです」

「特技は?」

「……ありません」

「なし、と」


 もしかしたら無謀だと止められるかもと懸念したが、初老の男は気にしてないようだ。俺が言ったことを書いていくだけ。


 その後も住んでいる場所や外国に行った経験まで聞かれる。


「最後の質問です。あなたのスキルは家事で戦闘に向いていません。死ぬ可能性が非常に高いです。それでも冒険者になりますか?」


 俺を心配して、といった感じではない。業務の一環、義務として聞いているように感じた。俺への興味がなさすぎる。他の男達も、女性にはこんな感じで冷たい対応が多いのだろうか。


 なんとも寂しい人生を送っているな。

 目の前の男が哀れに感じてきた。


「もちろんです」

「わかりました。では、サインをお願いします」


 ペンを渡されたので、初老の男性が書いていた羊皮紙の一番下にイオと名前を書く。


 冒険者登録作業では事件なんて起こらず、簡単に終わってしまった。


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