第5話 ごめんなさい! これは事故で……

 レベッタさんを抱きしめてから、数十秒ぐらい経過しただろうか。


 家の中から一人の女性が出てきた。


「何があった?」


 耳が隠れるぐらいの金髪ショートヘアをしていて、ややつり目な所が気の強さを感じる。ゆったりとしたワンピースを着ているが、手には片手剣があって物騒だ。少し息が上がっているように見えるので、泣き声を聞いて駆けつけてきたんだろう。


 声を聴いたレベッタさんは振り返り、俺を背中に隠しながら話す。


「心配するようなことは何もないよ。大丈夫」

「本当に? 嘘ついてない?」


 カチャリと片手剣から音がした。威嚇しているように感じる。


「うん。嬉しくて泣いただけだから」

「……どういうこと?」


 ショートヘアの女性の声が和らいだ。


 すぐに話を信じるか。出会ったばかりの俺ですら、二人は仲が良いというのがわかった。


「ふふふ。いいでしょう! 紹介してあげる。きっとヘイリーは驚くはずだよっ!」


 目の前にいたレベッタさんが一歩横にずれると、俺の背中を押してきた。数歩前に出る。


「初めまして。イオディプスです」

「私はヘイリー……って、え、ええっ!?」


 挨拶は普通にできたと思うんだけど、俺の顔を見てヘイリーと名乗った女性は固まってしまった。


 この世界には不慣れなので、知らないうちに失礼な態度をとってしまったのかもしれない。


 不安になったのでレベッタさんの顔を見る。


 してやったり、みたいな表情をしていた。


 どういうこと!?


 レベッタさんはヘイリーさんに近づくと、小声で会話を始める。内緒話をするようだ。


「本当に男――――」

「――――間違いないよ――――囲って――」

「逃が――い」


 話している内に興奮してきたのか、少しだけ声が大きくなって、断片だけど聞き取れた。


 俺が男というのが気になっているようだ。女性が住んでいる家に入るのだから、警戒するのは当然だ。友達が男を連れ込んだとなれば、同居人としては抗議のひとつぐらいしたいものだろうから。


 盗み聞きするのも悪いと思って、離れようと動き出す。


「「待って」」


 ヘイリーさんに肩を、レベッタさんには腕を掴まれてしまった。


 振り返り、二人に話かける。


「散歩をしたかったんですが、ダメですか?」

「ダメに決まってます!! 襲われたらどうするんですか!!」

「え、逃げますけど」

「甘い、甘いですねっっ! 町のみんなに追われるんだから! 逃げられるわけないんですよ!」


 レベッタさんの言葉に、ヘイリーさんはうんうんと頷いている。


 いったいこの世界は、どんだけ危険なんだよ。と、心の中で突っ込んでしまった。男が歩いただけで町中が敵になるなんて、治安が悪いってレベルじゃない。これが異世界クオリティか。


 ようやく、フードをかぶって移動していた理由がわかった。


「世間知らずで申し訳ないです。大人しくしますね」

「素直でよろしい! さ、お家に入りましょう」


 二人に背中を押されて家に入ってしまった。


 同居人として、ヘイリーさんは文句を言いたかったんじゃないの? 男が入っても大丈夫なの? なんて疑問は出てくるが、危険な町に放置できないとの優しさが優先したんだろうと、自己完結した。


 玄関を通ってリビングに入る。ソファが四つ、囲むように配置されていて、中心には木製のローテーブルがあった。コップがのっているので、ヘイリーさんが飲んでいたんだろう。


 奥には長いダイニングテーブルがあるし、二人で住むには広すぎる。同居人は他にも何人かいそうだ。


「ソファに座って。飲み物を用意してくる」


 ヘイリーさんが部屋の奥に行ってしまった。


 バタンと、ドアの閉まる音が聞こえる。振り返ると、レベッタさんが今まで見たことがないほどの笑みを浮かべていた。


 また背筋がゾクッとし、体から危険だと信号が出ているようだ。


 女嫌いだった前の体の持ち主、その意志が残っていて、反発しているんだろうか。だったら大人しく眠っておけ。それが、お前の望んでいたことだろ。


 俺は入り口に一番近いソファへ腰を下ろすと、右隣にレベッタさんが座った。太ももが触れ合って少しドキドキしてしまう。


 まともに学校に通えなかったこともあって、異性への免疫がないのだ。これ以上優しくされたら勘違しちゃうからな。


「近くないですか?」

「森で暮らしていたからわからないんだと思うけど、男女はね、この距離感が普通なんだよ」


 早口で言われてしまった。

 プレッシャーが強くて気圧されてしまう。


「イオディプスは私より年下でしょ?」


 首を縦に振って肯定する。


「やっぱりね。だったらお姉さんが守ってあげるよ」


 顔が近づいてきたので後ろに下がって避けようとする。


 むにゅっと、後頭部に柔らかい感触があった。


 急いで離れてから後ろを見る。


 コップを持ったヘイリーさんが隣に座っていた。


「ごめんなさい! これは事故で……」

「気にしてない。むしろ、どんとこい」


 胸に触れたというのに笑顔で許され、しかも歓迎されてしまった。


 理解が追いつかず、頭が混乱して状況がわかってない。コップを差し出されたので受け取る。


「…………」


 飲むのを待っているみたいで、二人とも無言だ。


 口を付けてみる。鼻にツンとくる強い匂いとフルーティーな香りがした。クソ親父が飲んでいた酒に似ている。ってかこれ、酒だ。


「…………」


 二人の無言のプレッシャーがすごい。この世界では、水の代わりに酒を飲んでいるのだろうか。


 そういえば歴史の授業で、『昔は水が汚かったから酒にして飲んでいた』なんて言ってたな。あれは高橋先生の小話だった気がする。


 聞いたときは無駄な知識だと思っていたが、意外なところで役に立ってくれた。

 勉強ってのも大事なんだな。

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