第6話 他の女に取られるから!

「いただきます」


 出された飲み物を拒否するのは失礼だと思う。

 この体が成人しているかは謎だが、少しぐらいなら大丈夫なはず。


 酒を口に入れようとした。


「やっぱりダメ!!」


 飲む直前で、レベッタさんがコップを奪い取り、ローテーブルに置いてしまう。


 一体何が起こったんだと彼女を見ると、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。


「レベッタ?」


 ヘイリーさんは苛立っているようだ。お客に出した飲み物を無断で奪ったんだから当然だろう。


 同じ立場だったら、俺だって怒る。


「これお酒だから。子供に飲ませたらだめじゃない」

「でも。これを飲んでもらわないと――」

「ヘイリー、そういうの、やめよ」

「本当に良いの?」

「うん」

「そう、わかった」


 よく分からないけど、なんとかケンカせず、話し合いで終わったみたいだ。


「せっかく用意してもらったのに、飲めなくてごめんなさい」


 ヘイリーさんにむけて笑顔を作ると、彼女は真っ赤になった。まるでお酒を飲んだみたいだ。


「ああ、何これ。反則でしょ。ムリムリ、もうダメだって!」


 何があったのかわからないが、ヘイリーさんが急に立ち上がり、レベッタさんも続く。


「急にどうしたの。落ち着きなさいって!」

「ムリでしょ! あの笑顔はダメ。反則ーっ!」

「それは分かるけどさ! でもそこは、残った理性で何とかしなって!」


 ついに俺を間に挟んでケンカが始まってしまった。

 笑顔を作っただけなのに。


 あれか、笑顔は相手を侮辱するという意味だから、ヘイリーさん動揺して、レベッタさんが止めているのか? いや、それだったら先に、レベッタさんが指摘していたはずだ。


 とすると、もう原因が分からない。


 下手に動いたら状況は悪化しそうなので、仲裁するようなことはできず、黙って二人を見ている。


「ムリムリ。だって貴重な男性だから。このチャンスを逃したら、次はない。そのぐらい理解しているよね」

「当たり前じゃない! だから、慎重になってるんだよ!」

「モタモタしてたら他の女に取られる! 見つけたら速攻で仕留めないと」


 なんか物騒な話をしているが、気になるワードが出てきて、それどころじゃない。


 男が貴重って、どういう意味だ?


 地球では男性がやや多かったが、ここは違うのだろうか。そういえば、町に入ったときも見かけたのは女性ばかりだったのを思い出す。


 この世界に来て俺は男性を見たことがあったか?


 答えは明白で、ない、だ。


 門番も、荷物を運び入れている人も、全員が女性だった。町中を移動したときの声さえ男性のものはなかった。


 この世界で男性は俺一人とまでは思わないが、比率がどうなっているのか知りたい。


 今後の活動方針を決める上で重要なことなので、立ち上がって二人を左右に離す。


「少し聞きたいことがあるんです」


 ゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。

 ヘイリーさん、レベッタさん、ともに緊張しているようだ。


「何かな?」


 返事をしてくれたのはレベッタさんだ。なんだか絶望したような目をしていて、悪いことをしてしまったような気分になる。


 別に怒っている訳じゃないんだけどな。


「男性って、少ないんですか?」

「ふへ??」


 変な声を出すほど、おかしな質問だったみたいだ。レベッタさんは、口をぽかんと開いて固まっている。


「少ないに決まっているじゃない。そんなことも知らないの?」


 目をキリッとさせたヘイリーさんが、ちょっと強い口調で聞いてきた。


 地球から来たので分からないんです、なんて言えない。


「ずっと森の奥に住んでいたので……」


 自分でも苦しい言い訳だというのは理解しているが、これしか思い浮かばなかったのだから許して欲しい。


 深く聞かないでと祈りつつ反応を待つ。


 二人は俺から離れると、また小声で話を始めた。


「嘘――じゃ――」

「――――草原で――一人――それ自体が異常――」

「確か――――」

「――――男――――いる――――満――――」


 集中すれば、もっと正確に声は拾えそうだが、やめておいた。

 今は二人を信じるって決めたから。


「うん――――ャンス――――」

「――――。深く――――決――――」

「そう――」


 話し合いは終わったみたいだ。

 二人が俺を見た。


「森の中で暮らしていたら仕方がない。大丈夫。色々と教えてあげる」


 疑問は残っているだろうけど、ヘイリーさんは詳細を聞かないと判断してくれたようだ。黙っているレベッタさんも同様だろう。


 二人の優しさに感謝しながら返事をする。


「ありがとうございます。本当に何も知らないので、教えてもらえると嬉しいです」

「良い子だ」


 俺の頭を撫でようとしているのか、ヘイリーさんが手を伸ばして近づいてきた。


 ガンッと、膝がローテーブルに当たりコップが倒れた。


 流れ出る液体が俺のズボンにかかって濡れてしまう。


「ごめんなさい!」


 ヘイリーさんの態度が急変した。怯えるような目で俺を見ている。体は小さく震えているみたいだし、本気で怖がっているようだ。


「気にしてません。大丈夫ですよ」

「で、でも。服を汚してしまった……」

「すぐ乾きますから」


 ここまで言っても納得していないようで、ヘイリーさんは何か言いたそうな顔をしている。


 今まで受けた恩に比べれば、ズボンが濡れたぐらいどうでもいい出来事なのに。どうすれば気持ちが伝わるかなぁ。


「だったら、着替えてもらったらどう。その服、ボロボロだし、ちょうどいいんじゃない?」

「あ、それ助かります」


 レベッタさんの提案は正直助かる。人里離れて暮らしていたのは本当なので、服に小さな穴がいくつも空いているのだ。体だって、まあまあ汚れていた。


「じゃ、決定ね。着替えを用意してくるから、お風呂入ってもらえるかな」


 断る理由はないので、レベッタさんに風呂場を案内してもらうことにした。

 落ち着いたら、男女比について詳しく聞いてみよう。

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