第二話 お嬢様と伝説のタイマン

「馬鹿ですいませんね」


 わざとふてくされたように言いながら振り向くとそこにはアイツがいた。


 私より少し背が高い、まるで上品な和人形が動き出したかのような──見た目だけは──美人な子、立華たちばな絢香あやかが。


「ふふ。丸い顔がますますまんまるになるんじゃない?」


 絢香がこれまた見た目だけは愛らしく口に手を当てて微笑む。

 正体さえ知らなければ正に絵に描いたお嬢様然とした仕草だ。


「ほっといて」

「天下の往来で『お知り合い』が挙動不審をしてたらとても放置は出来ないわ」

「誰が不審人物か! 『ただの』クラスメイトににそこまで言われる筋合いありませんー」

「はぁ? ただの?」

「なによぉ」


 視線をそらしたら負けだ。

 私と絢香は本能的にそれを悟り、じりじりと詰め寄る。


「はいはい。落ち着いて。絢香もわざと憎まれ口叩いてまでかまってもらおうとしなくてもいいじゃない。素直に素直に」


 詩結が間に入ってどうどう、と私達を諌める。


「だ、誰が! 私、愛奈にかまって欲しいなんて……!」

「じゃあ、何の用?」

「別に。たまたま見かけたらいきなり奇行を始めたから、相変わらず変な子って思っただけよ。せいぜい通報されないようになさい。ごきげんよう」

「うぅーす」


 何であれ挨拶の無視はしないけど、わざと不躾極まりない返答をする。

 絢香は聞こえそうなくらいふん、と息を吐いて踵を返した。


 教本があったらお手本として載りそうな歩き姿なのはいいけど、高校になってからの絢香は少し心配になるくらい細身だ。

 中学の時は私と変わらなかったから良かったけど、今はとてもあの時みたいな事をやろうとは思えない。


「……もうちょっと食べたほうがいいんじゃないかなぁ」


 心配なんてしたくないけどそれでも気にはなる。

 なんとなくそのまま見送っていると校門に大きくて真っ黒な車が止まっているのが見え、絢香は音もなく開いたドアから優雅に乗り込む。


「詩結、あれ誰かな? 見たこと無い」

「んー? ああ、確かに知らないね」


 よく見ると、奥にかっこいいけど少し強面なお兄さん?が乗ってる。


 そもそも同乗者を見るのも初めてだ。

 お兄さんは乗り込んだ絢香から何かを言われたのかちょっと顔をしかめ、そして小さなお人形を渡した。

 絢香はそれをごく自然に胸に抱える。精巧な造りだけどとてもかわいいピエロ。


 てか、お人形を抱っこ? 絢香が?


「……ん?」


 抱きかかえたピエロがこっちを見た? 手を、振った……?


 は? と瞬きする間にドアは閉まり、車は滑るように走り去った。


「どしたの?」

「あ、ううん。なんでも」


 気のせいだ。

 普段人形の言葉が聞こえる気がするからって、まさか人形が動くなんて……ね。


「何? またお人形が動いたって? それとも何か喋った?」

「……ノーコメント」

「愛奈は相変わらず人形愛がすごいねぇ」


 私の秘密、詩結だけは知っている。

 こうしてからかわれるだけだから言わなきゃよかったとちょっと後悔しているけど。


「それはもういいの。しかし、相変わらず絢香はなんだかなぁ……」


 絢香とは中学生からのいわゆる腐れ縁的な付き合い。


 極めて、極めて不本意だけど。


 彼女はご覧の通り今どきいるの?というくらいのお嬢様で、私のような庶民とは縁遠い存在のハズ。

 なのに高校に入っても未だにわざわざ向こうから近づいて来ては突っかかってくる。

 と言うか、絢香が何故この偏差値そこそこの高校に入ったのかが謎。

 普通、ここの少し先に超有名な国立大学附属の進学校があるんだから、そこに行くでしょ。


「気にしない気にしない。アレでもまぁ悪い子じゃないから。絢香とはあたしの次に付き合い長いし」

「長いっていうか、中学の時のケンカ、まだ根に持ってるのかなぁ」

「あの伝説の」

「伝説言うな」


 あれは私の人生最大の汚点だった。


 実は絢香とは中学二年生の時、教室で警察沙汰寸前までいきかけた大ゲンカをしたことがある。


「でもね、何であれ、ハーちゃんをゴミ扱いしたことは今でもギルティだから」


 私はカバンのハーちゃん手に持って眉を吊り上げる。

 ハーちゃん、ハチドリのぬいぐるみ。

 それは私にとっての宝物。

 幼稚園に入園する時にお母さんが寂しくないよ、と作ってくれた最初のお人形の友達だ。


 なのに!


 絢香は言うに事欠いて『そんな汚れたお人形なんて捨てちゃいなさい。何なら、ウチに来たら私のコレクションの中から何か好きなのを特別にさしあげてもよくてよ』なんて吐かしやがったのだ。


 後は売り言葉に買い言葉のバーゲンセール。


 私の勢い任せの罵詈雑言と、語彙力豊富な絢香の意味は良く分からないけどきっとすごい侮蔑の言葉の口喧嘩の応酬で興奮状態が極限になると、今度は体力の有り余った中学生らしく肉体言語を使った話し合いにステージは移る。


 キャットファイトはとどまることを知らず教室はハリケーンが通り過ぎた後のような惨状となり、最後にはお互い制服ボロボロ状態のまま手四つで抱き合うような姿で、親が来るまで泣いていた。


 その後両親に連れ帰られた私は当然こっぴどく叱られた。

 立華家のお嬢様をボロ雑巾にするなんて!と両親は本気で夜逃げも覚悟したそうだ。


 だけどその後、伝説のタイマンなんて無かったとばかりに何故か一切のおとがめ無しで話は終わった。


 絢香は翌日だけ学校を休み、二日後には絆創膏と包帯を巻いて普通に登校する。

 絢香自身何もなかったかのように振る舞い、懲りもせず私をからかい続け、そしてそんな関係が今も続いている。


「なんか、思い出したらまたムカついてきた……」


 目立たないけど、腕には薄っすらとあの時の絢香の爪跡が残っていて、タイマンは事実だったと告げている。

 絢香にもなにかしら私の爪痕は残っているだろうに、何を考えているんだか。


「どうどうどう。それより、何の話だっけ?」

「そうだ! 絢香のことはどうでもいいんだ。今日、素敵なお人形がうちに来るんだよ」

「人形? 喋る?」

「茶化さないで!」

「あはは。でも知らなかったよ?」

「いや、今みたいに茶化されるのがなーって思って」

「親友なのに隠し事はひどいなぁ」

「ごめん、でも今言った」

「ま、いいけどね。どんなの?」


 やっぱりあんまり興味がなさそう。詩結はファッションやクラスのゴシップとかそう言うのの方が好きだ。


「ビスクドールっていう焼き物の高級なお人形。サンドラっていう作家さんが作ったんだって。色白で、王子様みたいなステキなお人形らしいの」

「それでニヤついていた、と。だからちょっとキモかったんだ」

「ひどぉいい……」

「ごめんごめん。愛奈は昔から人形大好きだもんねぇ」


 詩結がおどけた顔であやまる。


「今日の詩結、ちょっといじわるだ……」

「そう?」

「ねぇ、詩結こそ何かあったんじゃないの?」

 詩結もこう見えて胸に秘めるタイプだ。親友としてそこらはよく分かる。

「なんにも」

「本当?」

「……愛奈は優しいね」


 顔に手を当てた詩結が泣き真似をする。顔はおどけているけど、その声はとても穏やか。


「変な演技はしなくていいから。何かあったら本当に言ってね」

「ふふ。わかった。ありがと」


 詩結がぱっと顔を明るくして微笑む。

 どこか無理をしているようにも見えたのは気のせいだろうか。だけどこれ以上は流石に余計な詮索だ、と私は一旦心配を飲み込む。

 いろんな話をしているともう分かれ道まで来ていた。


 詩結が手を振りまた明日、と別れる。


 さて、一人になるとお人形の事がぶわっと頭に湧き出してくる。

 うん、このまま家に帰れば、私は新しいお人形と逢えるんだ。


 今日の帰り道は家路がやけに遠く感じ、私の足は自然と早足になっていた。

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