ビスクドールはお年頃☆ 〜私のイケメンたちはみんなお人形?!〜

まやひろ

第一話 王子様がやってくる!

 チンッ!

 ベルの音と一緒にトースターから食パンが飛び出してきた。


愛奈めな、焼け……あれ? 焼けてない?」


 レトロな形のトースターから出てきたのは真っ白で冷たいままの食パン。


「お母さん、またスイッチ切れてる」

「あー。やっちゃった」


 パンを眺めながらお母さんが大げさに驚いている。


「やっぱりトースター買い替えよう。お父さんも言ってたでしょ?」


 朝食の準備でこのやり取りは何度目だろう。


「だってこの有機的な丸い形が好きなんだもん」

「もんって……」


 子供っぽいすね方をしたお母さんが食パンをトースターに入れ直す。

 スイッチを入れたのを確認してからレバーを下げると、今度は香ばしい匂いが漂い始めた。


「はい、今度こそ焼けた」


 お母さんがにっこり笑いながら食パンをお皿にのせる。


「あたしはどうしようかな? そうだ、あのとっておきのハチミツにしよう。ええと、あれ? ハチミツ……?」


 どこ? と棚や引き出しをごそごそ探す。

 とっておきっていうのはお母さんのお友達からもらったイタリア産ハチミツの事だ。大事に取っておいた奴で、あんまりとっておいたからうっかり場所を忘れてしまったらしい。


「今度にしたら?」

「今食べたいの!」


 お母さんは時々駄々っ子だ。

 私はしょうがないな、と棚においてあるクマのぬいぐるみを見る。


「……そこの棚の奥にあるかも」

「え? そこ? 見たけど……あ、あった! ありがとー!」


 お母さんが見えない所に転がっていたハチミツの瓶を見つけて歓声を上げる。


「愛奈、相変わらず勘がいいのね」

「まぁね」


 私はクマのぬいぐるみにありがとう、とこっそり微笑む。


 そう、今のはクマのぬいぐるみが教えてくれた。


 なにそれ? とか思わないで欲しいんだけど、私はぬいぐるみとか人形の声や考えていることが分かる……気がする。


 はっきり目に見えたり耳に聞こえる訳じゃない。

 人形の言いたいことがぼやけた映像や小さな音で聞こえてくるような気がするだけ。

 それにいつもじゃない。だけど見えたとき、聞こえたときは今みたいに結構な確率で当たる。まぁ、誰にも言わないけどね。


 私の名前は冨森とみもり愛奈めな

 高校一年生。

 身長と体重、運動はごく平均の普通の女の子。

 学校の成績は平均……より少し、ちょっと下。

 数学は大の苦手。体力は割とある方。


 悩みはムースをつけてもなかなかまとまらないくせっ毛。

 短くするとすぐはねてしまうから髪は生まれてこの方ずっとロング。

 雨が降りそうな日は髪で分かるから、そういう日はポニーテールにしている。

 おかげで私がポニテの時は雨が降る日と言うのがクラスの通説だ。


「そういえば愛奈。お人形の名前考えてくれた? 今日の午後に来るよ」


 食パンにバターとハチミツを塗りながらお母さんがたずねてきた。


「バッチリ考えてるよ。候補はね」


 私はデザートのリンゴ入りヨーグルトを頬張りながら応える。


「じゃ、決まってないじゃない」

「あとは実際に見てから決めるの」

「それもそうか」


 なるほど、賢い。とお母さんは頷く。

 あの、感心されるとこじゃないと思うんだけどなぁ。


「いってきまーす」


 朝食を終えて家を出る。

 かばんにつけてあるハチドリのマスコット、その名もハーちゃんが小さく揺れている。


 ──今日もよろしくね。


 ハーちゃんが元気にチチ、と鳴いた気がした。


「さぁて、どうしようかな。KやLの列はあんまりいいのなかったし……」


 辞書を見ながら独り言をブツブツとつぶやく。

 といっても勉強してるんじゃない。名前の候補を今も絶賛選定中だ。


 この前、お母さんの叔母さんが私にビスクドールっていうお人形をプレゼントすると言ってくれた。

 叔母さんはドールコレクターで海外製のお人形や家具の卸もやっている。

 その伝手で手に入れたドールの一人を、私が人形好きと知っていたからプレゼントしてくれる事になった。


 お母さんいわく、とっても素敵でまるで王子様みたいなお人形らしい。ビスクドールは初めてだけど期待は高まるばかり。


「王子様かぁ」


 いや、高校生になって王子様っていうのもどうなんだろう?とは思うけど、でもやっぱり気持ち的には高揚してしまう。


 今日家に帰れば王子様が私を待っている。

 ああ、一体どんな子なんだろう?

 青空を見上げた私の心は期待にドキドキしていた。今の私は気持ち的には少女漫画の美少女主人公のようにキラキラと輝いて……。



「キモい」

「いきなりナニっ?!」


 いつの間にやらの学校の帰り道、一条いちじょう詩結しゆが突然ヒドいことを言った。

 詩結は小学校からの親友。

 ストレートのショートボブにメガネをかけていて、キリッとした目が特徴。

 で、噂好きの情報通だったりする。


「いや、あんまりニヤニヤニタニタしてたからさ」

「え? ニヤけてた? いつ?」

「いつって言うか、今もしてる」

「ウソぉ!」


 大慌てで顔を両手でおさえた。

 そう言われると確かにほっぺたの筋肉がちょっとだけ盛り上がっている気がする。もしかして私ずっとニヤけてた?


「何かあったの?」

「……いや、ちょっとね」

「ほらぁ、またニヤけてる」

「うぇえ?!」


 まずい、完全にヘンな子だ。

 こんなところアイツに見られたら、と私は慌てて自分のほっぺたを両手で思いっきり叩く。

 その時。


「あらあら、あいかわらずお馬鹿なことを」


 後ろから冷ややかな声が聞こえ、私は「げ」と眉をひそめた。

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