そういえば「人間」だった

緋雪

闇の中

「止まれ」


 突然、背後から声がした。


 辺りは深い闇に包まれている。

「どこだここは? 俺はいつの間に……?」

俺は、自分の頭の中を探す。

 今は帰宅途中の筈だ。どこに迷い込んだ?

「今、高架の下を抜けたよな?」

確かに、高架下は、電灯が切れていて真っ暗だった。でも……。

「高架の向こうは見えていたよな……。」


 これはどういう状況なのだろうか?真っ暗闇の中で、自分の背後から「止まれ」と言われている。そもそも、背後のやつも、この真っ暗な中、俺が止まっているのか歩いているのか認識できるのか?


「真っ直ぐ5歩進め」

背後の声は言う。


 あまり、お化けなどというものは信じたことがないが、流石にこの状態は怖い。言われた通りに、5歩進む。


「左に2歩」


 2歩進んだ所で、柔らかい地面を踏んでいることに気付く。


「そこにあるものを抜け」


 

 意味が分からないが、腰をかがめると葉っぱらしきものに触れた。何だろう?草?とりあえず、引っ張ってみる。抜けない。抜かれたくないとでもいうように、相手も頑張っている感じだ。力を込めて引っこ抜いた。


 ギャアアア!!


 物凄い声がした。 


 これって、アレじゃないのか?抜いた時に凄い悲鳴を上げるやつ。それ聞くと死んじゃうやつ。何だっけ。マンドラゴラ?? えっ? 俺、死ぬの??


 耳を澄ますと、ガサガサ、ギャウギャウ、何か動物の気配がする。なんなんだ、ここは?


「それを持って、元の道に戻れ」

声が言う。


 マンドラゴラかもしれない物を持ったまま、元の道に戻る。


「10歩進め」

10歩進む。

「右に3歩」

言われたとおりに進むと、ガシャンと何か金属音がするものに足がぶつかった。と、鶏だろう、けたたましい鳴き声が聞こえる。その向こうでは、


 ガルル……

 ギャオウウウ……

 ギャンギャンギャンギャン!!


 沢山の獣の鳴き声。きっと鶏が大きな声を出したので、動き出したのだろう。


 ゴンッ

 足元に硬い何かが飛んできた。何だ?


「それで、その鶏の首をねろ。」

「えっ?! まてよ! そんなこと、やったことないし、できねえよ! 生きてるやつの首を刎ねろとか何?!」


 有無を言わさず、背後から見えない冷たい手が伸びてきて、俺の足下にあったナタのようなものを、俺の手に握らせると、さっきよりもけたたましく鳴く鶏を押さえつけ、首を刎ねさせた。


 バッ!!


 返り血を浴びたのだと思う。顔に液体がついた。血なまぐさい。鳴き声はしなくなったが、暫く胴体は動いていた。見えぬ手に、その足の部分を持たされた。

 心臓がバクバク言っている。生きているものを殺した経験は、魚までしかない。持っている鶏は、まだ温かかった。


 右手に鶏の死体を、左手にマンドラゴラを握らされ、周りの獣たちをおびき寄せられて、俺はこんなわけのわからないところで、何かに殺されてしまうのだろうか……


 「前に3歩だ」


 声に命じられるまま、3歩進んだ時だった……


 俺は、いつの間にか自分の家のドアの前に立っていた。

「え? ええっ?? 何だよこれ?! 何が起きた?! どういうことだ?!」

騒いでいると、ドアが開いて、妻が出てきた。

「何? え? どうしたの、それ?」

俺は、自分が持っているマンドラゴラと首をねた鶏のことだと思い、

「いや……これは……その……」

説明に困る。

「いや、チキンカレー作るから、帰りに足りないものを買ってきてって、お願いしたまでは合ってるの。」

「えっ?」

俺は慌てて、自分が両手に持っているものを見る。右手にはスーパーの袋に入ったパック入りの鶏肉。左手には、葉を取られ、綺麗に洗われ、袋詰めされた人参。

「えっ??」

「いや、違う違う。持ってるものじゃなくて、あなたの格好かっこう。」

「えっ?」

「なんで泥だらけなの? 血みたいなのもついてるんだけど? 何してきたの?」


 俺は自分の身体を見た。マンドラゴラを抜いた時についた土と、鶏を殺したときについた血が所々についていた。

「こ、転んだんだよ。大したことない。大丈夫だから。」

咄嗟に嘘をつく。

「ホントに? ……まあいいや。ご飯作るから、先にシャワー浴びてきて。」

「わかった。」


 シャワーを浴びながら、ふと思い出した。

「サイコロを振ったな……。」

それは、何十面体かわからないほど、球体に近いサイコロだった。

「植物プランクトンとか多年生植物とか爬虫類とか草食動物とか……」

沢山の面があったように思う。何個か同じ面がある物が沢山あった。それを選ぶ確率が高くなるためにか。

 俺はそれを振った。そしたらコロコロ転がって、カツンと止まった。一番上の面には「人間」と書いてあった。


「そうか……そういうことなのか。」



 夕飯ができて、席につくと、俺は祈るような気持ちで、

「いただきます」

を言う。

 妻が不思議そうな顔をした。

「何? 気持ち悪い。いつもは、そんなこと言わないよね?」

「うるさいなあ。人間は、他の者の命を頂いてるんだぞ?感謝して食えよ。」

俺の言葉に、彼女は、より不思議そうな顔をする。

「なんかあった?」

「マンドラゴラを抜いて、鶏を殺してきただけだよ。」

「え?」


 痛感した。


 俺は、たまたま「人間」という「目」が出ただけだったんだな。と。

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そういえば「人間」だった 緋雪 @hiyuki0714

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