4. 職員室にて、司書はとある写真を見つける
職員会議。定期的にあるそれは、私には嫌で仕方ないものだった。会議そのものが嫌いなわけではない。職員室に行くのが落ち着かないからだ。
年度初めの準備で、担任を持つ先生方に生徒たちの貸出処理用バーコードのシールや案内用の資料を渡しに行くときでさえ、出来るだけ話をしなくて済むように、届け物だけをさっさと先生方の机に置いて図書室へ戻っていくのが常。
そんな私にとって、職員室に行かなくてはいけない職員会議は、早く終わってほしいものでしかなかった。
配布物を受け取る先生たちの手を煩わせたくない、と言えば聞こえはいいかもしれないが、私が他の先生たちと話をしたくない、という理由も大きく含まれている。
先生たちの全員が、かつてのトラウマのような心無い人間ばかりだとは流石に思っていない。
しかしそれでも職員会議が近づくと憂鬱になり、当日は竦む足を無理やり動かして職員室に向かって、会議が終われば疲れ果てて図書室に帰っていく、というのが私のお決まりであった。
「また調子崩したんですか宇津森先生。先生、定期的に体調悪くなってません?」
と、中等部3年生の図書委員である
でも、他の先生と話すのが不安だから職員室に行きたくないなんて、そんなみっともないことなど生徒に言えるわけがない。
だから生徒の前では月のあれの絡みとか寝不足だとか気圧だとかと嘘を吐(つ)いていた。
だけれど、今はいくぶんか辛い気持ちは無くなっていて、あんなに嫌だった職員室に行くことを楽しみにしている私もいる。
幸先生。彼女に会えると思えば、職員室へ向かう足取りが軽くなっていく。
幅木さんにも、
「宇津森先生、最近は体調良くなったんですね。しんどそうじゃないですもん。むしろ、楽しそう?」と言ってもらえるようになった。
他の先生と話すのが不安で体調を崩して、幸先生と話すのが楽しみで体調が良くなっていく。
同僚の先生に影響され過ぎだと思いはしたけれど、もうそろそろトラウマから抜け出しなさい、ほら、怖くないでしょうという神様のお告げなのかもしれないとも思うようになった。
私は、無神論者とまでは言わないけれどそこまで神様がいるとも思っていない。
それでも、幸先生と巡り会えたことはとても幸せなことで、幸先生のおかげで、自分ではない誰かと話し交流することを、何年ぶりかに良いものと思えるようになった。
幸先生、そういえば彼女の名前は“まりあ”さんだ。
キリスト教には詳しくないけれど流石に聖母マリアくらいは知っている。
キリストの母、マリア。
母性や優しさの象徴のようにも扱われる聖母マリア。
まりあさんと話していると、それまでの私が抱えていた恐怖や不安が和らいでいくように思える。
桜色のカーディガンを纏い、栗色の長い髪を揺らす先生がプリントの山を持って職員室に入ってくる。彼女は職員室の外にいる生徒に向かって何か話していたみたい。
慕われているのかな。優しげな人だし、人気がありそうよね。
彼女は確か家庭科の先生で高等部2年生の担任だったかな。
私は今まで、会議開始3分くらい前に職員室に入って、会議終了は早々と図書室に戻ってしまっていたから、正直他の先生の顔と名前も怪しかった。
あの先生も穏やかそうだし、少しずつ話しかけてみようかな。
「えー。それでは時間になりましたので職員会議を始めます。」
会議が始まる。私の席は元々職員室の端にあるので座ってしまえば後は聞いてるだけだ。
予想通り、私は聞いているだけで会議が終わった。
前までなら私はそそくさと図書室に帰ってしまうけれど、幸先生と話したい今の私はそうではない。
そっと席を立つと、幸先生の机の傍に向かう。
席に座ったまま仕事をしている幸先生に声をかける。
「幸先生。」
「宇津森先生。」
「その。」
貴女と話したいから貴女の席にまで来たは良いけれど。
まるでよくある構図のように天気の話を出して困惑される未来しか見えない。
どうしようかと困りながら幸先生の机を見渡すと、可愛らしい写真立てを見つけた。
幸先生によく似た、星花の制服を着た女の子……が2人仲良く並んだ写真である。
ん?
写真の女の子達は2人とも幸先生の面影がある。
ということは姉妹?
さらによく見ると古い写真なのか、画質が最近の写真とは違うように見える。
「その写真は私と、私の妹ですよ。」
「ああっ、ありがとうございます。すみません。勝手に見てしまって。」
幸先生にご説明いただいてしまった。そんなにじろじろ見てしまっていたか。
「いいのですよ。」
「星花の生徒の頃のお写真ですか。」
「ええ。」
「妹さんも星花生だったんですね。」
「はい。妹とは、一緒に先生になって星花で働こうと約束をしてました。」
「そうだったのですか! ずいぶん仲のよい姉妹ですね!」
そう聞いて私は違和感を覚えた。
あれ、その妹さんは今何を? 今の星花には幸先生に似た人はいない。
いくら幸先生以外の先生に興味がなかった私でも、流石にそんな(幸先生によく似ているであろう)人を見落とすとは思えない。
聞くべきか、聞かざるべきか。
とはいえ、聞くなら今しかないだろう。
もし話題に出さない方が良いものであったのならば、今後触れないという選択が出来るようになるのだから。
慎重に慎重に。
「……つかぬことをお伺いしますが。妹さんは今どうされていらっしゃるのですか。」
幸先生は、まるで大切な人を撫でるかのように写真立てに触れながら答える。
「……亡くなりました。私達が高等部1年生の冬に。」
そんな。
こんなに幸せそうだったのに。
写真立ての中で笑うそっくりな姉妹が、もう死に別れているなんて。
「ごめんなさい。余計なことを聞いてしまいました。」
「余計ではありませんよ! 私の大切な妹ですもの! ……ええ。宇津森先生、いいのですよ。妹はゆりあと言います。妹を紹介できて私は嬉しいです。」
本心からなのか気遣いが多少含まれているのか、私には分からなかった。
でも幸先生がそうおっしゃってくださるならそう思いましょう。
「ありがとうございます。……よろしくお願いします。ゆりあさん。」
写真立ての中の女の子に挨拶をする。
ところで、どちらがまりあさんだろう。
写真立ての女の子達がそっくりなのに加えて高等部1年生の時の写真だとしても、目の前のまりあさんは歳を重ねていて、面影はあるけれどやはり、写真の2人のどちらがまりあさんなのかは分からない。
「あの、どちらがまりあさんでどちらがゆりあさんですか?」
「あはは。分かんないですかー。」
幸先生……まりあさんは笑いながら返事をしてくれた。良かった。明るくなって。
「えーと、向かって左が私、右がゆりあですね。」
「ありがとうございます。」
改めて写真立ての女の子達を眺める。
左側がまりあさんと言ったわね。……やっぱり優しそうだな。
……んん??
写真立ての中のまりあさんを見て、私の心が、いや、記憶がざわざわする。
知ってる。やっぱり絶対に私は、過去のまりあさんを知ってる。
ざわざわした記憶の底から歌声が響いてくる。
あれは私が高等部2年の時の星花祭。その時の軽音楽部のライブだ。
星花祭とは星花女子学園の文化祭である。
間違いない。あの星花祭で、軽音楽部のライブで歌っていたのはまりあさん。
やっと、思い出せた。
「幸先生。」
「はい。」
「けいおn」
突如、私の口の中にクッキーが突っ込まれる。
モゴモゴする私に幸先生が囁く。
「その話はここでは禁句です。……今度、私の家にいらしてください。そこでゆっくりお話しましょう。……妹のことも。」
クッキーを頑張って咀嚼して飲み込む。
クッキーはミルクティー味のようだった。
……いや、それは今は重要ではない。
え、今、私、幸先生のお宅にお誘いされてる?
「え、あ、はい。楽しみにしてます。」
楽しみだし嬉しい。幸先生からお誘いしていただけるなんて。
えーと、こういうときはお菓子を持っていくのだっけ?
その前に。私、なんか変なこと言いました?
喜びと困惑が同じ車に乗って私の頭をパレードしていた。
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【ゲストキャラクター(登場順)】
幅木綴理:星月小夜歌考案キャラ。
登場作品→君と共に綴る音色(藤田大腸様 作)
https://ncode.syosetu.com/n1150ig/
菅原さくら:しっちぃ様考案キャラ。桜色のカーディガンの先生。
月岡ひなた:砂鳥はと子様考案キャラ。職員室の外にいた生徒。
2人の登場作品→日向で輝く桜を愛したい(砂鳥はと子様 作)
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