私  その6

 平井の自宅はすぐに見つかった。あのとき平井は酔いながらも、私に正確な住所を教えたようだ。二十坪ほどの敷地はブロック塀に囲まれ、木造二階建のやや古びた家屋がこぢんまりと立っていた。小さいながらも門柱があり、『平井』と毛筆で書かれた表札が掛けられていた。道路を挟んだ斜め向かいにはかなり大きな公園があった。公園には遊具、東屋、公衆便所はもちろん、貸しボートに乗ることができる人工池や園内を散策するための遊歩道まである。ここならスケッチブック一つを開いていれば長時間居座ることができそうだ。

 私は当面の間、夜勤前の午前中と夜勤明けの午後を使って、公園から平井の家を観察することにした。


 平井自身は会社勤めのため、平日の行動は見事に規則的だ。朝、七時十分過ぎに玄関を出て八時二十分に職場に到着。昼休みに職場近くの定食屋で昼食をとり、午後六時過ぎに退社し、七時二十五分には帰宅する。月曜から金曜まで、ただそれを繰り返すだけである。


 一方、平井の妻は生活感あふれる毎日を送っていた。

 毎朝九時までに掃除や洗濯などの家事を済ませる。掃除は家中の窓を全開にし、洗濯は二階のベランダに干す。月曜日の午後二時過ぎには生活協同組合で共同購入した品物を受け取るために、三軒先の家の玄関前に出かける。そして長いときには一時間近く共同購入仲間の主婦達と話し込む。火曜日の午後は公民館でコーラスの練習。水曜日から金曜日までは駅前の持ち帰り弁当の店で午前十時から午後三時までパートタイムで働く。

 また曜日に関係なく、午後五時過ぎになると徒歩で十分の距離にある大型スーパーマーケットへ食料品の買い物に出かける。このスーパーマーケットは午後五時を過ぎると生鮮食料品と総菜類が半額にまで値引きされるため、これをねらって集まる主婦達で店内は込み合う。平井の妻が買い物に要する時間は長くても十五分程度で、午後五時半過ぎには帰宅する。土曜日と日曜日は、ほぼ一日中平井と行動を共にする。


 ということで、殺すのは月曜から金曜日までの午後五時半頃だろうか。平井が退社する時刻が午後六時以降なので、自然で確実なアリバイを成立させることができる。また、冬場であればこの時刻はすでに薄暗くなっており、仮に誰かに目撃されてもこちらの人相までははっきりわからないはずだ。

 後は待ち伏せる場所だ。万が一、現場を他人に見られたときの逃走経路などを検討する必要がある。いや、それよりも前に決めなければならないことがあった。


 どうやって殺すのか。

 そう、これが何よりも肝心だ。

 思いつく限りの方法をメモに書き出し、それぞれの方法についてメリット、デメリットを検討した上で、実行の際の具体的な状況のシミュレーションを綿密に行う必要がある。たんに成功の確率が高いかどうかだけでなく、人を殺したという実感、達成感、そして深く刻まれる罪悪感が生まれるかどうかという点も重要な検討ポイントだ。

 やるべきことはいくらでもある。

 まだまだ楽しめる。

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