私  その3

 男を抱き起こしてみると、強いアルコール臭がした。

「くそっ」だの「なめやがって」だの、悪態をつきながら立ち上がろうとする。

 もう一度、「大丈夫ですか」とたずねると、ようやくこちらに顔を向け、「ああ、すいません」と頭を下げた。ノーネクタイだがスーツは着ており、三十代半ばぐらいの神経質そうなサラリーマンに見える。因縁を吹っ掛けてくるような気配はなかった。ただの酔っぱらいだ。

 大した怪我もしていないようなので、軽く会釈をして、そのまま立ち去ろうとした。


「死んじまえ」

 私は反射的に振り向いた。

 酔っぱらいは電柱に寄りかかりながら、空を見上げていた。

「今、何とおっしゃいましたか」

 私は男のそばに駆け寄って声を掛けた。

「ん? なんだ」

「死ねという言葉が聞こえたように思ったのですが」

「ふん、言っちゃ悪いか。あんたのことじゃないよ。俺の嫁さんに言ったんだよ」

「奥さんと、何かありましたか」

「まあね、いろいろとあるんだよ。面と向かって言えないから、こうやって酔っぱらってるんだよ」

 酔っぱらいは、「情けなくて涙が出るよ」と言って、本当に一筋の涙を流した。

「もしよろしければ」

 私は、沸き上がる興奮を悟られないように一呼吸置いた。

「私がお役に立てるかもしれません。奥さんのこと、もう少しお聞かせ願えませんか」

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