第27話 小さく醜い赤い羽根


 小さな灯りの下、カヌスが顔を上げるとすぐそこにはサンディークスの赤い瞳があった。


 その瞳が熱く熱を帯びているのがわかる。

 まるで炎のようだった。


(…ああ、この炎に包まれて焼かれてしまいたい。)


 そっと願ったカヌスの唇が小さく開く。

 だが言葉を発する前にサンディークスの唇に塞がれた。


 深く交わり、一旦離れる。

 再び目が合った。


 カヌスの灰色の瞳が濡れている。

 サンディークスの息は荒い。


 赤い瞳が細く歪む。


「…カヌス、」


 サンディークスは改めてカヌスを抱き寄せた。

 カヌスはそれに応えるようにサンディークスの背に手を回す。


「…あ、」


 その背には、小さな違和感が存在した。


 思わず手を引っ込める。


「……気味悪ぃか?」


 カヌスの頭上で、サンディークスが低く小さな声で問う。

 カヌスはサンディークスの胸に顔を埋めたまま首を横に振った。


「気味悪くないです。…知ってたから。」


 くぐもった声は少し涙で揺れていた。


 サンディークスの背中には小さな羽根が生えている。

 それは歪で醜く不揃いだ。羽根と呼ぶのもおこがましい。


 有翼人の遺児の証だった。


 本来ならばカヌスの背にも生えていたはずの醜い羽根。幼い頃に母親によって切り落とされて、カヌスの背には今は大きな傷跡しかない。


「…羽根、見てもいいですか?」


 サンディークスを見上げてカヌスは恐る恐る尋ねた。


「ああ」


 サンディークスは一旦カヌスを離すと、徐に軍服のボタンを外して一気に脱ぎ捨てた。


 そしてカヌスに背を向ける。


(……これが、)


 弱々しいカンテラの灯りに照らされたサンディークスの大きな背は、まるで炎を背負っているかのようだった。


 その背に生える小さな赤い歪な羽根が、サンディークスの呼吸とともに小刻みに揺れる。


「……きれい、」


 思わずカヌスの口から漏れた。

 サンディークスはうっすら笑って、きれいじゃねぇよと呟いた。


「触っても、いい?」

「…ああ」


 カヌスの手がゆっくりと赤い羽根へと近づく。そしてそっと触れると、サンディークスの背がビクンと震えた。


 慌ててカヌスは手を引っ込める。

 サンディークスはハハハと笑った。


「わりぃ。初めて触られたから変な感じがした。」


 カヌスに背を向けたまま、サンディークスは可笑しそうにさらに笑う。


「………」


 カヌスの眉根は深く寄っていた。


(…大尉は、)


 再びカヌスの手が伸びる。

 今度はサンディークスは震えることはなかった。


 カヌスの手は、愛おしそうにサンディークスの小さくて醜い羽根を何度も撫でた。


(…大尉は、人に愛されたことがないのかもしれない。)


 サンディークスは、背中の羽根を誰にも触れさせることなく生きてきた。


 その事実がカヌスには辛く、堪えきれずにサンディークスの背に抱きついた。


 目の前には小さな赤い羽根。

 カヌスは引き寄せられるように、その羽根に口づけをした。

 何度も何度も唇を当てて、やがて濡れた舌が羽根を嘗める。


「!」


 サンディークスの背が揺れた。


 灰色の瞳を蕩けさせて、カヌスは夢中で小さな羽根を嘗めては口に含んだ。


 静寂の中で、ぴちゃぴちゃと湿った音だけがこだまする。


「…やめてくれ、」


 サンディークスの懇願は小さく、カヌスはそっと黙殺した。


 両手をサンディークスの背中に沿わせて、羽根に何度も何度も舌を這わせる。


「…っ、…ぅ、」


 サンディークスの息が上がり始めた。

 カヌスは嗜虐心に駆られたように羽根の一枚一枚を丁寧に嘗める。


「…ああ、…大尉、」


 そしてうわ言のように漏れた甘い声。


 突如、ガバッとサンディークスは振り返るとカヌスの腕を掴んで自らに引き寄せた。

 そして貪るように唇を重ねる。

 何度も角度を変えては深くなる口づけに、カヌスは息ができずに口を大きく開いた。


 その隙にサンディークスの湿った舌がカヌスの口の中へと滑り込む。


 どちらのものとも知れない唾液がカヌスの口角から垂れた。


「……はぁ、」


 サンディークスの唇が一度離れる。


 短い息を繰り返すカヌスは、せがむように唇から赤い舌を覗かせた。


「……大尉、」


 舌足らずの声が漏れる。


「…くそ、」


 サンディークスは再び唇を重ねた。


 筋肉質の剥き出しになった上半身の背にカヌスは手を回して、サンディークスの羽根をまさぐった。


「…やめろ、煽るな、」


 一旦唇を離すと、サンディークスは少し笑いながら言う。つられてカヌスは可笑しそうに笑い、


「…これ、弱点ですか?」


 赤い瞳を見つめたまま羽根を何度も撫で回した。


「いや、オレの弱点はアンタだな」


 赤い瞳が再び細く歪む。


 そして激しく唇が奪われた。


     …


 サンディークスを受け入れた痛みが消えた頃には、深い高揚感とともに熱い疼きが身体を貫く。


「あ、あ、あ、」


 カヌスの口からは短く嬌声が漏れた。


「…カヌス、…カヌス、」


 サンディークスは愛おしそうに何度もカヌスの名を呼んだ。


 うっすら開ける灰色の瞳に、カンテラの灯りに照らされた赤い羽根が映る。


 サンディークスの小さな羽根が闇夜に舞い散っては消えていく。


「…ああ、…大尉、」


 その羽根にカヌスは力なく手を伸ばす。


「オレはこっちだ、カヌス、」


 ゆるゆると伸びたカヌスの手を掴むと、サンディークスは自らの頬にその手を当てた。

 

 サンディークスの頬も額も、汗がにじんで光っている。


「…大尉、…羽根が、」

「ああ、抜けたな、」


 サンディークスは可笑しそうに笑うと、一際強くカヌスを穿った。


「ああっ」


 カヌスが恍惚と悲鳴を漏らす。


「ああ、ああ、」


 サンディークスのもたらす熱に、次第次第と思考が蝕まれていく。

 カヌスは微笑みながらゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

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