第22話 外道
既に日は沈み、鬱蒼とした木々の隙間からはわずかな月の光も届かない。
だがただ一つ、星の煌めきにも似た確かな灯りが山の中で揺れた。カンテラの光だ。
「……ウソだろ、」
情報部隊本拠地への移送を中止させるべく、サンディークスはカヌスを閉じ込めていた寄宿舎から本拠地へのルートを逆走していた。
その道中で、部下に任せた護送用の馬車に出会えると目論んだのだ。
しかし発見できたのは、壊れた馬車と、部下の遺体。そして、有翼人亜種に食い散らかされた何者かの残骸と、割れた小瓶から散らばり落ちたカラフルな飴だけだった。
血の気が引いた。
情報が既にウィオラーケウムにも漏れていたのだ。
それを悟り、サンディークスは慌てて死骸の一部の傍らに跪いた。
「…これは、」
そこに残されていた死骸の一部が、サンディークスの持つカンテラの光に照らされる。
闇夜にあってもキラキラと光る黄金色の髪。
「くっ」
この髪の主を、サンディークスは痛いほどよく知っている。固く目を閉じ、眉間には深いしわが寄った。
「……っ」
サンディークスは、己の無力さに、なす術なくただ強く奥歯を噛みしめた。
「くそっ!」
そして力任せに拳で大地を殴りつける。
血が滲むその拳は白く震えていた。
* * *
『プルウィウスの傀儡』と呼ばれるモノたちは、必ず黄金色の髪を持つ。
彼らはまず、小さな小瓶の中で命の始まりを迎える。
その後、『プルウィウスの傀儡』の小さきモノは女性に植え付けられて、初めて生を受けることができた。
…
その一連の行為を一手に担っていたのが、コロル軍第二大隊情報部隊である。
彼らは地下に巨大な研究施設を持ち、その最下層で『プルウィウスの傀儡』たちを作り出し、育てているのが現状だった。
第二大隊情報部隊管轄である地下研究所の所長は代々情報部隊隊長が引継ぎ、サンディークスは、その研究所の所長代理を長年一人で担ってきた。
『あなたの行いは人道から外れているわ』
『プルウィウスの傀儡』を腹に宿し、十月十日、代理母としての任を強制的に任された女性たちは、その任を終えると同時に、大抵が口々にサンディークスを詰った。
『そうですね。』
サンディークスは毎度、ニヤリと作り笑いを浮かべてそれに応えた。
『あんたなんて、地獄に落ちればいいんだわ』
施設を去る女性たちは総じてサンディークスを恨む。
それは、女性たちが、怒りと屈辱に耐え、涙を流しながら『プルウィウスの傀儡』を産み落とすためだった。
しかも、情が移るとの観点から、産み落とした『プルウィウスの傀儡』を女性たちが抱きしめることは許されなかった。
そのやるせない思いの全てを怨恨に込めて、女性たちはサンディークスを睨み付けるのだ。それが女性たちのできる精一杯の意思表示であり、純度の高い怒りでもあった。
それでも、命懸けの行為の代償として、代理母を務めた女性たちには生涯苦労なく暮らせるだけの手当てが支給される。
その手当てと今後の暮らしの補償を管理管轄しているのが、コロル軍第一大隊近衛部隊だった。
第二大隊情報部隊管轄の地下研究所入り口には豪奢な馬車が用意され、政府高官クラスの待遇を受けながら、代理母を務めた女性たちは施設を後にする。
『おぎゃあ、おぎゃあ、』
そして小さな『プルウィウスの傀儡』たちは真っ白な分娩室に残された。
乳母係の隊員たちが挙って産まれたばかりの『プルウィウスの傀儡』に寄り添い、地下より組み上げた水で身を清めさせる。
その後、この国で最も高貴な者が身に付けることを許された七色のおくるみにくるまれて、丁重に施設内の乳児院へと運ばれていくのだった。
全ては、この地を有翼人亜種による汚染から救うために。
彼らは未来への希望に他ならない。
『………ッ』
そんな、国を挙げての一大プロジェクトを前に、サンディークスはただ立ち尽くす。
産まれたばかりの小さな手を握ることさえ許されず、連れて行かれる様を離れた位置で見送るより他に術がなかった。
…
『プルウィウスの傀儡』たちの末路はいつも決まっている。
『プルウィウスの傀儡』たちの主な務めは、有翼人亜種の腐乱に伴うガスを鎮めるための浄化である。彼らはそのために生かされていた。
だがその裏で、『プルウィウスの傀儡』を作り続けることで、近い未来、真に『プルウィウス・アルクス』が誕生するかもしれない可能性も模索され続けた。
倫理を超越した特命により『プルウィウスの傀儡』を生み出す意味を正当化する大義名分はそこにあったのだ。
そのための尊い犠牲。
『…外道は、オレか…』
サンディークスは、もはや流す涙も枯れ果てていた。
* * *
暗いだけの山の中で一人、サンディークスはカンテラを咥えて辺りの枯れ葉をかき集めていた。その手は土でひどく汚れている。
やがて両手にいっぱいの枯れ葉を、こんもりと盛られた土の上に被せるように置いた。
墓標となるほどの石を見つける余裕はなかった。
「………っ」
悔いる気持ちを噛み殺し、サンディークスはカンテラを片手に、踏み荒らされた地面を探りながら走り出した。
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