第13話 簡素な部屋に一人
コロル軍後方支援部隊、通称テネブラエの仕事は有翼人亜種の死骸を集めて廃棄することである。そのために日々自身が汚染されていることを、テネブラエの面々は重々承知していた。
それでも生活のため、明日の糧のため、彼らはテネブラエの仕事を続けざるを得なかったのだ。
「そんなの、常識ですから。みんな知ってますよ。」
だからこそ、カヌスは当然のように言ってのけた。
「…若くして死ぬかもしれねぇのに?」
「?」
サンディークスが何を意図して質問しているのか、真意を図りかねてカヌスは首をかしげた。
「私の命の価値なんて、…あなたに関係あるんですか?」
それは、カヌスの純粋な疑問だった。
「……っ」
だがその言葉はサンディークスのニヤついた笑みを消し去った。
「…アンタまで、それを言うなよ、」
呟くような小さな声でサンディークスは言った。真っ直ぐカヌスを見つめる赤い瞳が鋭く光る。
「え、」
驚いたカヌスは眉根を寄せた。
(…どうして、)
サンディークスは一瞬だけだが怒りを露にした。
しかし次の瞬間にはバツが悪そうに顔を背けた。
「命の価値なんてのは、誰もが在ってないようなもんですよ。…アンタだけじゃねぇ。…オレもだ」
「……え?」
「じゃ、おやすみなさい」
言葉の意味を測りかねるカヌスへ一瞥くれることもなく、サンディークスはそのまま部屋を後にした。
扉は静かにパタンと閉まる。
「……はぁ、」
窓もない質素な部屋で、カヌスはゆるゆるとベッドの端に腰をかけた。そして深い深い溜め息をゆっくりと吐きながら頭を垂れる。
(…あれ、どういう意味だったんだろ、)
考えてみたところで答えは見えない。
(………)
カヌスは努めて考えることをやめた。
何度か溜め息を漏らす。
「…はぁ、」
そして脱力したまま、飴の小瓶が入った紙袋をサイドテーブルに置いた。
「………」
ボロボロの茶色い紙袋はまるで自分の姿を写した鏡のようだった。
「…あ、そうだ、」
カヌスはふと思い立ち、サイドテーブルに置いた紙袋から飴の小瓶を取り出した。その小瓶を小さなランプの横に置く。
(…わあ、綺麗…)
すると飴の小瓶はランプの炎を柔らかく孕んだ。灯りは中に入るカラフルな飴に反射して、まるで虹のようにキラキラと七色に光る。
炎が揺れる度に、小瓶を照らす明かりもゆらゆらと揺れた。
「……ふ、」
カヌスはそっと微笑んだ。
「………」
そして思わず、小瓶の中の飴を食べようかと一瞬、手を伸ばしかけた。
しかしカヌスの手はそれ以上伸びることはない。空を少しさ迷っただけで、その手は再び下ろされた。
(…これは、私が解放されて家に帰ったら、祝杯として食べよう。その方がずっと美味しいはず…)
一つのささやかな目標を立てることで、カヌスは希望を見いだそうとした。
「……はぁ、…それにしても、疲れたなぁ」
とはいえ現在、自分が無力であることに変わりはない。
カヌスはのろのろとベッドに横になった。
暗がりの中、見慣れない天井をただ見つめる。
「………」
目標を定めようとも拭いきれない不安。
覆い隠すように毛布を頭まですっぽりかぶった。ベッドに染み付いた見知らぬ匂いが鼻をくすぐる。
(…そういえば、大尉はどこで見張ってるんだろ。)
ふと、脳裏を掠めた疑問に誘われるように、カヌスはそろそろと毛布から顔だけを出した。一旦天井を見て、やがてゆっくりとカヌスの目は、閉ざされた扉を捕えた。
「………」
そこにはかすかに、先程出ていったサンディークスの後ろ姿が、残像のようにぼんやり浮かんで見えた気がした。
(………)
いつもと同じ一人の夜のはずなのに、今日は妙な物悲しさが胸に去来する。
(…そんなに、悪い人ではないのかもしれないな…)
「…ふふ、」
捕まった側が、捕まえた側へと思いを馳せるのもおかしな話だと、カヌスは力なく笑った。
「…もう寝よ。」
逃げる算段をすべきだと思いながらも、強い睡魔に引きずられるように、数分も経たずにカヌスは深い眠りへと落ちていった。
* * *
扉の外、サンディークスは扉に背を預けて腕を組んでいた。
すると思いの外早く室内が静まり返り、サンディークスは思わず苦笑した。
「…らしいっちゃ、らしいか。」
当初、カヌスは連行されることに強く抵抗した。しかし最終的にはサンディークスの馬の背に乗り、誘われるまま寄宿舎の一室に閉じ込められている。
「相変わらずのお人好しっぷりは、心配になるレベルだな、」
サンディークスはひとりごちて、ククっと喉の奥で笑みを漏らす。
見知らぬ場所に閉じ込められて、不安に眠れぬ夜を過ごすのだろうと勝手に推測していた。だが存外カヌスは、今の状況を受け入れるかのように眠っている。
「………」
サンディークスは胸ポケットから小さな種を取り出すと、手のひらの上でしばらく転がした後、固く握りしめた。
「…あんたとの約束は、守るから。」
そのままズルズルと腰を落とし、胡座をかく。カンテラを床にそっと置き、握った拳の中の種は胸ポケットに戻した。
そして再び腕を組むと、天を仰ぎ、サンディークスは赤い瞳をゆっくりと閉じた。
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