第12話 忌み嫌われる仕事だとしても
寄宿舎内の大きめのランプにカンテラの火を移すと、一帯が柔らかなオレンジ色に包まれた。一気に視界が広がる。
寄宿舎に入ってすぐの場所にはダイニングのような少し広めの空間があった。その奥には、質素なテーブルと質素なベッドが設置された小さな部屋が8つあるのだとサンディークスは説明した。
「簡素ですが、うちのクソ真面目な上司の管理が行き届いてるんで、綺麗ですよ」
悪びれる様子もなく悪態を吐きながら、サンディークスは一つの部屋へ向かって歩き出す。カヌスもそれに続いた。
着いた部屋は、廊下の一番奥の角にあった。
サンディークスは部屋入り口の扉も細い金具で難なく解錠すると、扉を押し開ける。
そしてツカツカと部屋の奥まで入り込み、持っていたカンテラの火を室内のランプにも移した。
(…わあ、)
ランプは先程のダイニングのものよりは小さいらしく、光もぼんやりと弱い。
そんな光に照らし出された部屋は、事前の説明通り、シンプルな木製ベッドとテーブルと、木製の小さな丸いサイドテーブルがあるだけの実に簡素な作りだった。
ただ違和感があるとするならば、この部屋には窓がない。
「どこも作りは同じですから、どうぞ」
ランプをベッド脇の小さなサイドテーブルに置きながら、サンディークスはカヌスにも部屋へ入るよう促した。おずおずとカヌスは部屋へと足を踏み入れる。
(…ほんとだ、)
簡素な部屋は、確かに定期的に清掃がなされているようで、無人でありながら、テーブルの上にも部屋の角にも埃は浮いていなかった。
(…抜かりない組織なんだな、)
生活感を感じさせない清潔さ。それが維持された部屋の先に透けて見えるのは、情報部隊の徹底した管理体制だった。
(……そりゃ、逃げられないよね…)
「それじゃ、朝方迎えを寄越しますね、」
「え?」
上に下にと、あちらこちらをまじまじと観察していたカヌスの横を通り抜け、サンディークスは一旦廊下に出ると、徐に扉を閉めようとした。
カヌスは慌てて振り返る。
「え? 私、ここに一人で泊まるんですか?」
「ええ、まあ。…オレも一緒とか無理でしょ。」
真っ直ぐサンディークスを見て問うカヌスから、なぜかサンディークスは妙に歯切れ悪く頭を搔きながら視線をそらした。
(これってもしかして、…逃げてもいいってこと?)
パアッと一気にカヌスの表情は明るくなる。
だが、
「ハハハ、」
安易なカヌスの心を読み取ったのか、サンディークスは愉快そうに軽く笑った。
「施設はオレが張ってますから、逃げようなんて考えるだけ無駄ですからね。念のため」
「………」
「じゃ、おやすみなさい」
「あのっ」
それだけ言い残し、背を向けて扉を閉めようとするサンディークスに、カヌスは思わず声をかけた。
「あの、せめてテネブラエのアドゥー伍長に連絡してもらえませんか。…明日、仕事、行けそうにないから、」
その言葉に、サンディークスは振り返りニヤリと笑う。
「あ、それはもう手配済みですよ。ご心配なく」
「…そう、ですか、」
カヌスは軽く落胆した。
カヌスは、後方支援部隊であるテネブラエでの仕事にやりがいや誇りを持って日々業務に務めているわけではない。
そして今、何の他意もなく、明日の仕事のためだけにアドゥーへ連絡してほしいと頼んだわけでもない。
「……そっか、」
だからこそ、既に連絡されていたと知らされると、自分の行く末の退路を絶たれたような感覚に襲われ、思わず俯いた。
「…そんなに好きだったんですか? 仕事」
カヌスの落ち込みを、仕事への情熱と受け取ったのか、サンディークスが低い声で聞いてきた。
「…え、」
サンディークスの、今まで聞いたことのない低いトーンの口調に、カヌスは思わず顔を上げた。
「いえ、…そこまででは。そもそも忌み嫌われる仕事ですし、」
「そうですよね。けど、…それでもアンタは、明日の仕事の心配をするんですね。」
「………」
カヌスは軽く驚いた。
灰色の瞳が僅かばかり見開いていた。
(…この人、)
今、サンディークスは、あの張り付いたような笑みを浮かべてはいない。
それはおそらく素のサンディークスなのではないかと思った瞬間、カヌスの顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。
「どんな仕事でも、生活のためだから、だからっ」
家に帰して、と言いかけて、だがサンディークスはカヌスの言葉を遮るように口を開いた。
「それでもアンタを解放してやることはできないんで。悪しからず」
「………」
いつものニヤついた顔に戻ったサンディークスは事も無げに言ってのけた。
カヌスは心底がっかりしてその顔から笑みを消す。
そんなカヌスの顔を、ニヤニヤと見ていたサンディークスが、徐に聞いた。
「テネブラエに従事してる人間は、その仕事の特異性から、他業種と比べても健康寿命が短い。その意味、知ってますか?」
「ええ、まあ。……?」
なぜ突然そんなことを聞かれたのか理解できずにカヌスは困惑した。
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