第16話 プルウィウスの献身

 地下深くに蓄積されていく有翼人亜種の死骸が飽和状態となり、地上にガスが漏れ出る前に、一時的に臨界点を下げる方法がある。


 それは「プルウィウスの献身」と呼ばれた。


 現在、以前発掘されたプルウィウスの羽根より抽出した彼女の命の欠片を元に、人工的にホムンクルス、つまりは「傀儡」を生み出す技術が進んでいる。


 人類は、「プルウィウスの傀儡」を作り出すことに成功していたのだ。


 作り出された「プルウィウスの傀儡」には浄化作用があり、死骸の出すガスの一部を無毒化できることが証明されている。

 そのため、プルウィウスの傀儡たちは、浄化の術を身に付けたものから、順次、生きたまま廃棄処分場地下深くへと埋められた。


 だがそれはあくまでも一過性のものである。しかも廃棄される死骸の量に対して、プルウィウスの傀儡たちの命の数は圧倒的に少ないのが現状だった。


 ゆえに人類は、常に傀儡を作り続け、地下へと送り続けなければならないという悪循環を生んでいた。


 しかし傀儡を作り出すためには、「傀儡の種」を女性の子宮の中に埋め込まねばならない。


 それは倫理的見地から度々問題視された。

 

 結果、現在は「プルウィウスの献身」は、コロル軍により秘密裏に遂行されている。


 その指示命令は随時コロル軍第一大隊近衛部隊が下していた。しかし実際に業務として担ってきたのは、有翼人の研究施設を持つ第二大隊情報部であった。


     …


「付け焼き刃の対策じゃ、もはや滅亡は避けられねぇ。そもそも女に無理矢理傀儡を産ませるなんざ、どんな理由付けされても結果人道から外れるんだよ。」


 ウィリデの持論に、サンディークスは大いに賛成だった。だが、サンディークスは頷くことも同意することもできなかった。


 ウィリデは苦笑した。


「まあ、…お前に言うことじゃねぇがな。」


 ホットドッグを食べ終えたウィリデは、フォークを持ったまま微動だにしないサンディークスの皿を自らに引き寄せた。


 そしてテーブルに備えてあったフォークを手に取ると、野菜炒めの中の大きな野菜をぶすりと差した。


「『腐った種』が見つかり、発芽を始めた。そうなると、もう人間にできることなんざ、何もねぇのかもしれねぇな。」


 諦めにも似た言葉とは裏腹に、ウィリデは薄く笑って野菜を頬張った。


「…大地が一度死ぬからこそ芽生えるのが『腐った種』だ。違うか?」


 ウィリデの指摘に、サンディークスは血の気のない顔で、小さく「そうです。」と頷いた。


「ウィオラーケウムに踊らされて政府が打ち出した『プルウィウスの献身』は、結局『地』の怒りを鎮められなかった。そのくせ、有能な有翼人の遺児たちを孕ませて死たらしめている。」

「………」

「焼け石に水とわかっていながら俺たちは、『プルウィウスの傀儡』なんてものを生み出すために、ずっと利用され続けているんだ。これからもな。」

「………」

「馬鹿げていると思わねぇか、サンディークス」


 サンディークスの手は小さく震えだした。

それを誤魔化すように、サンディークスはテーブルの上で両手をぎゅっと固く握った。


「お前の生きてきた長い年月を思えば、尚更だろ。」


 そんなサンディークスの手を見つめながら、ウィリデは静かな声で言った。

 サンディークスはうっすら笑おうとするが、口角は持ち上がらなかった。


「…お前が種を発芽させた奴に出会っちまったってのは、運命だったのかもしれねぇな。」


 ウィリデはもうサンディークスを見るのを止め、皿を持ち上げると、残りの野菜炒めをかきこんだ。そして空になった皿をテーブルに置き、カランとフォークを投げ入れた。


 そして、


「種はこれ以上芽吹かせない。…この意味、わかるな?」


 ウィリデは眼鏡の奥の鋭い眼光で、サンディークスを真っ直ぐに射ぬいた。


「お前が贖罪だのなんだの、背負う必要はねぇ。それは等しく、俺たち情報部の罪だ。」

「………。はい。」

「種は情報部で封印する。」

「………」

「発芽させたやつは人柱にするんだ。いいな」


 ウィリデは備え付けてあった薄茶色の紙で口をぐいっとぬぐった。その紙を丸めてフォークと同じく皿に投げ入れる。


「死滅した大地を甦らせる『腐った種』を発芽させたんだ。その浄化の力なら、今まで以上の抑制にはなるだろう。」

「………」

「その間に建設中のシェルターの完成にまで漕ぎ着ける。」


 そしてウィリデはコップに残っていた水を一気に飲み干した。


「終わらせるんだ。なにもかもな。そのために、俺たちは罪を重ねる。」


 ドンと音を立てて置かれたコップが揺れる。


 ゆらゆら揺れるコップには虚ろなサンディークスが写っていた。ただ、今自分がどんな顔をしているのかは、サンディークスは直視できなかった。


「はい。仰せのままに」


 サンディークスは深く深く頭を垂れる。しかしその視線の先の拳は白く震えていた。


「…その言い方は止めろ。…虫酸が走る」


 ウィリデは唾棄せんばかりに言い退けると、伝票を片手に席を立った。

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