第15話 理想を前に歯噛みする


 店の最奥、緑色の髪を整髪料でガチガチに固めたスーツ姿のウィリデは、肩肘付いたまま店特製の具だくさんホットドッグに齧りついていた。


 まるで捕食のようだとサンディークスはそっと苦笑を漏らす。


「遅れてすみません」


 メモに記されていた時間通りだったが、一応詫びながら席に着く。


「構わん。お前のも注文してあるぞ」

「あ、はい。ありがとうございます。」


 せっかちなウィリデと食事に行けば、大体こうなる。

 サンディークスは可笑しそうに眉根を寄せた。


「で、今日は何を頼んでくれたんですか?」

「日替わり」

「今日の日替わりは何なんですか?」

「知らん」

「いつも通りですね。ありがとうございます。」


 サンディークスはテーブルにすでに置かれていた水に口をつけた。そんなサンディークスの様子を、ホットドッグを食べ続けながらウィリデはちらりとだけ見やり、


「持ってるんだろ、早く出せ。」

 

 銀縁眼鏡を光らせた。


「………」


 サンディークスは一瞬躊躇しながらも、デニムのポケットに手を突っ込んだ。

 やがて、一つの小さな種を取り出し、テーブルの上に置いた。すかさずウィリデが右手でホットドッグを齧りながら左手でつまみ上げる。


「こいつは、」


 刹那、ウィリデはホットドッグを皿に置いた。そして細い目をさらに細めてまじまじと種を見るやいなや、


「…『天』は、とうとうこの地を見捨てたか。」


 絶望的に呟いた。



     …


 かつて、この地は一度滅亡している。

 

 滅びの広野と化したこの地の「緑」を再生させたのは、天より舞い降りた創生の始祖、プルウィウス・アルクスにより育まれた「腐った種」だった。


     …



「…『プルウィウスの傀儡』で『地』の怒りを沈め続けるのは、やはり限界だったか。」


 ウィリデは重たい息を吐きながら、独り言のように言った。


「わかってはいたが、思ったよりも時間稼ぎはできねぇってことだな。」

「…政府は、…いつになれば方針転換するんですかね。」


 サンディークスが苦々しく呟いた。

 ウィリデは改めてサンディークスを見る。しかしサンディークスはウィリデを見てはいなかった。


 ウィリデは薄く笑った。


「あいつらは自分らの生きてる間だけの平穏しか望んでねぇからな。数十年先なんて見据えちゃいねぇ」


 ウィリデは「種」を内ポケットにしまい込み、再びホットドッグに手をのばす。


「…未だ、崇め奉るプルウィウスの再来のみを願ってやがるのさ。民の不安を誤魔化したいがためにな。」


 ガヤガヤと騒がしい店内で、ウィリデの低い声は地を這うように消えた。


「お待ちどうさまー。日替わり定食ですー」


 重い空気の中、ホール係の中年女性が能天気な声で、皿一杯にのった野菜炒めをサンディークスの前に置いた。


「…少佐、オレ野菜嫌いだって、前から言ってますよね」

「知らんな」


 もはや嫌がらせの域に達している野菜炒めにフォークを刺しながらサンディークスは苦笑を漏らす。


「!」


 刹那、わあっと、不意に店内の喧騒が一層増した。


 ウィリデたちのテーブルとは離れた位置でカード賭博が行われているらしい。サンディークスは一瞬騒がしい方向を見やり、しかしすぐさま野菜炒めに視線を落とした。


 そんなサンディークスを見て、ウィリデは小さく息を吐いた。

 

「…で? これは誰が発芽させたんだ。」


 ウィリデの指摘に、サンディークスの、フォークを持つ手が止まった。


「例の『プルウィウスの傀儡』の娘か」

「…いえ、…まだ確証は、」

「御輿にされると厄介だぞ」

「…わかってます。」


 サンディークスはフォークを置いてしばしテーブルの上で拳を固く握っていた。やがて、


「これ以上、『プルウィウスの傀儡』を作り出すのは無意味だってことは、…オレが一番、わかってますから。」


 サンディークスは絞り出すように言った。


「…そうだな。」


 その言葉に、ウィリデは肺一杯に空気を吸い込むと、深くて重い息をゆっくりと吐き捨てた。


     …


 有翼人の襲来において、最も懸念される問題は、彼らの生み出す傀儡、有翼人亜種による直接的な虐殺よりも、駆除された有翼人亜種の死骸による大地汚染にあった。

 

 現在、人類はその死骸を無害化する術を持っていない。ゆえに、地下に巨大な穴を掘り、死骸を地中に埋め込む作業に終始した。


 しかし、有翼人亜種の死骸は腐乱は早いが大地に帰することは決してなく、ただ廃棄物として累々と地下に蓄積されていくのみだった。


『有翼人が生み出したものは、有翼人によってでしか相殺されぬ。』


 先王の時代、突如首都ペルティナーキアに舞い降りた紫色の羽根を持つ美しい有翼人は、艶やかに微笑みながら、謁見した王の前で、朗々と語った。


『プルウィウスを復活させなさい。そして大地を鎮めさせるのです。全ては、人類のために』


 それは王命として、今もコロル軍の最重要課題となっている。


     …


「作られた『プルウィウスの傀儡』にゃ何の意味もねぇ。それよりも来るラグナログに備えてシェルターを作るのが先決なんだ。…かつて人類がそうしたように。そうだろ? サンディークス」


 この世が一度滅んだと目された時、人間の一部は地下シェルターに避難していたとの記録がある。


 ウィリデの真の目的は、そのシェルターの建設にあった。しかしそれは同時に命の選別という問題を生む。


 サンディークスは、真っ直ぐ見据えるウィリデの緑色の瞳を前に、目を合わせ続けることができずにそっと奥歯を噛み締めた。

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