新幹線(ホラー)
盆休み、東京へ行く事にした。この期間、新幹線は予約席のみである。
早めに予約しておいたため、今年は席を取る事ができた。去年は普通に自由席に乗って行こうとし、失敗したのである。結局去年はそれで、東京へ行く事は叶わなかった。
席に着くと、しばらく本を読んでいたのだが、途中で疲れたのでぼんやりと外の景色を眺めるようになった。
外の景色がいきなり、真っ暗になる。トンネルに入ったのだ。
ゴオオという音が微かに聞こえ、真っ暗な景色が続いていく。黒くなった窓ガラスは鏡の様に、車内の様子を映し出している。
私の隣には誰もおらず、隣向こうの席には確か、一組のカップルが座っていた。
しかし、いつの間にかそこには誰もいない。
そこだけではない、窓に映る車内の景色には、私以外の誰もいないのだ。
どういう事だ?と思って後ろを振り返ると、やはり誰もいない。
背筋が寒くなった。だって、あり得ない事である。盆休みの新幹線で、これほどガラガラだなんて。
それに、つい先ほどまで満席であった景色を、私はしかと見ていたのだ。
――ここから逃げなければ
という焦燥に駆られた。脳が危険を察知し、信号を出している。
しかし一体、どこへ逃げれば良いのだろう?新幹線は走り続けている。いわばここは、密室のようなものである。
隣の車両から、ガラガラと車輪の付いた何かを引く音が聞こえてきた。そして
「お弁当、お飲み物はいかがですか~」
という声も。
ワゴンを引いて来る、車内販売の女性の声である。
なぜか私は背筋が凍り付いた。一人きりの車内で、他に人が見つかったのだ。ホッと安堵する所であるはずなのに、脳内では危険信号が出され、サイレンが鳴っている。逃げろ、逃げろと…
車内販売人が来る前に、この車両から出なければ…と思った。
ワゴンのガラガラという音、車内販売を知らせる女の声が近づいてくる。
私は席から立つと、ワゴンのやってくるのと反対の方角の車両に向かって駆け出した。
ワゴンの音と、女の声が遠ざかっていく。
早く、早く新幹線がどこかの駅に停車する事を願った。一番先頭の車両に行き着けば、そこはもう行き止まりである。
新幹線が停車する事の無いまま、私は先頭車両に行き着いてしまった。
途中、どこかの車両に他の乗客はいないものかと思っていたが、どの車両も客が一人もおらず、どうやらこの新幹線の乗客は私一人の様だった。
私は先頭車両の一番前の席に屈みこむ。もう、祈るしか無い。あの女が来る前に、どこでも良いから駅に停車するように、と。
車窓から見える景色は相変わらず真っ黒である。それが更に、閉塞感を感じさせ恐怖をより強くした。せめてトンネルを抜けた風景が広がっていれば、少しは気を緩める事ができたかもしれない。
私は先頭の席に、身を隠すようにして屈みこんだ。そして手を組み、存在するかどうかも分からぬ神に助けを求めた。
ワゴンの音、そして販売を知らせる女の声が徐々に、確かに近づいてくる。
私の心臓は今までに無い程高鳴っており、息は荒くなった。
そしてついに、最後の、私のいる車両の自動ドアが開く音がしたのだ。
ガラガラとワゴンが地を踏み歩く音が聞こえる。
「お弁当、お飲み物はいかがですか~」という女の声も。
私はもう、屈みこんではいなかった。そんな事をしても、絶対に見つかるのである。
身を隠す場所は無く、逃げ道も無い。ならば…
もうこれは、戦うしか無いではないか。武器が何も無く、丸腰ではあるが、何も抵抗しないよりはマシなはずである。
私は先頭席の横で仁王立ちになり、女を見据えた。
ワゴンを押す女は、黒い髪を後ろでしっかりとまとめている。歳の頃、20代前半~後半であろうか。服装は制服の様であった。
はっきりとした目鼻立ちで、美人の部類に入るであろう。口角の上がった口を開けて、元気良い声で車内販売を知らせている。
しかし、その目はまるで獲物を見つけた肉食獣の様に爛々と輝いており、立ち向かおうとする私の意志は砕けそうになった。
女はペースを乱す事無くワゴンを押し、近づいて来る。
「お弁当、お飲み物はいかがですか~」という台詞を繰り返しながら…
私は女に向かって走り寄り、ワゴンの中にあるペットボトルの飲み物を掴むと、女の頭部目掛けて思い切り振り下ろした。
ペットボトルは女の頭をまるで真っ二つに切るようになったのだが、血も内蔵も出ておらず、まるで液体が切れるような様相で、また手に伝わる感触もその様であった。
女の表情も、全く変わっていない。
はっと目覚めると、私は新幹線の席にしっかりと座っていた。車窓の景色はビル等の都会の建築物が並ぶものとなっている。
隣には誰もいないが、他の席には多くの乗客が座っていた。
安堵し、力が抜けた所で、車両の自動ドアが開く音、ガラガラとワゴンが押される音が聞こえてきた。
「お弁当、お飲み物はいかがですか~」
私は再び心臓が凍り付き、体が硬直した。あの、悪夢に出てきた声とまるで同じなのだ。
いや、あれはただの夢だと自分に言い聞かせ、それでも緊張状態にあるうちに、車内販売の女はすぐ側まで近づいて来た。
恐る恐る、女の方を見ると、女もまたこちらをじっと見ていたのである。
顔、髪型、服装、全てがあの女と全く同じである。あの、獲物を見つけた様な恐ろしい輝きを放つ目も。
しかし女はすぐに、前方に顔の向きを変え、進み去って行った。
私は緊張が解け、大きく息を吐いた。そして、帰りの新幹線をどうしたものかと思案するのだった。
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