夏には鯉も扇風機で涼む。
今はなき出版社の
今はなき某雑誌の
今はなき某編集部。
まずビルが傾いている。
ぱっと見に歪んでるのが判る。
建物が古いのは
いいとして。
ビルに入っていた企業がトンデモナイ。
ある階では
一日中、電話が鳴りやまない
場外馬券場兼取り立て屋さんだったり。
コソコソした男性が出入りする扉があり、
その中や廊下には
ほぼ全裸のキレイなおねえさんがウロウロしていた。
エレベータで一緒になった時に
割引券をくれたおねえさんは特にキレイだった。
・・・おっと脱線。
業種的にはまだあるが
今ではすっかり様変わりした
そんな業界が同居するビルの一角に
編集部はあった。
黒電話全盛の時代だから
太古の昔もいいとこだ。
裏の業界やら怪談話やら
色っぽいものやらゴッチャの
よく判らない雑誌だった。
アブナイ薬が買える情報まで
載っていたのだから
あっと言う間にツブれたのも当然。
当時
そこで記事を書いていた。
ギャラは当時としても破格で
たぶん口止め料込みだったんだろう。
記事を渡すと
チェックもなしに
現金を渡される。
狭い空間で
編集長が物み埋まっていた。
時々雑用係めいた若い男がいたが
それでも滅多に見かけない。
ほとんど会話もないが
「次、〇〇〇な」と
次回の指示を ボソリと言われる。
すぐに開かないような扉の編集部で
廊下の電気も点かなかった。
夏には
ギャラと一緒に
アイスを一本くれた編集長。
扇風機を背にいつも上半身裸。
背中の鯉も涼しかったことだろう。
「これ最期な」
ブ厚い封筒を渡された。
聖徳太子ー当時の一万円札が
ギッチギチに詰まって膨らんでいる。
「お疲れ。
もう来んなよな」
雑用係の若い男の声を初めて聞いた。
それ以上聞くこともできず。
破格のギャラを貰える仕事は終わった。
雑誌自体
実は見た事がなかった。
どこで売っているものかも教えて貰えなかった。
聞いてはいけないような気もしていた。
毎回渡される、ブ厚い封筒に
満足する以上のことを求めてはいけない。
このビルに来ることはもうないだろう。
エレベータで会うたびに
笑顔で割引チケットをくれた
おねえさんに会えないのが
少し残念だった。
帰りのエレベータで
彼女に会えたら
「お茶でも・・・」と
誘ってみようかと思う。
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