第18話 灰色の二人
『あぁあ、やっぱり壊れちゃった』
「煩い、ジャマ。邪魔をするな」
今、一瞬だけ大地が煌々と照らされた。
だから、どこに彼女がいるのか、大体分かった。
そして、どれくらいの人間が犠牲になったか分かった。
『ジャマって呼ぶの止めてくれる?せっかく教えたのに。これ、君のせいじゃない?』
「仕方ないだろ。オミニスは聖女だ。あんなに優しくて可愛いのに、恨めしく思う訳ないだろ‼」
◇
彼女の心は壊れてしまった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
彼女の色とりどりの髪が逆立ち始める。
金色の髪の束がクルクルと、彼女の頭部に輪を描く。
桃色と水色と白色の髪の束が更に上部で文様を作る。
そして、それぞれが束ねられた少女の髪が光り輝く。
「オミニス!駄目だ‼何をやっているんだ‼」
「おい!どうなってる⁉」
「オミニスちゃん‼何意味が分からないことを言っているの‼」
それだけではない。
自身の周囲にある魔力さえも吸い始めて、それらが彼女の月を更に大きくさせる。
「おい!どうなってる?あと一歩で我々人類の初勝利なんだぞ‼」
「てめぇんとこの娘だろ!どうにかしろよ、大賢者‼」
「知らないわよ!あいつよ。あいつが居たからこんなことになっちゃったのよ‼」
「生まれて直ぐに殺しておけば……、おい!オミニス‼なんでなんだ‼」
実際は、彼らの計画通りになんて進んでいない。
「煩い。煩い煩い煩い煩い‼私は悪い子なの‼」
皆、オミニスのことを何も理解していなかったのだから。
彼女が作った月は、彼女の中にある
「全部全部ぜーーんぶ‼あんたたちのせい‼私の大事な宝物を奪ったんだ。私が悪い子なら、あんた達みーんな悪い子でしょ‼」
オミニスは残された人類で最も強大な力を持つ。
そんな17歳の少女が「自分は悪い子だ」と思ってしまった。
彼女の髪はカラフルでポップな王冠となり、その体が宙に浮き始める。
「こいつ、やべぇぞ。誰だよ、聖女なんて言い出したのは‼」
「あんた達だよ。そのせいで私はずっと勘違いしてた。こんな世界——」
濃縮されたエネルギーはありとあらゆる色を飲み込んで、その度に月の色が目まぐるしく変わる。
「————だいっきらいなんだから‼」
最終的に真っ黒な直径100kmの球体となり、彼女の手の振りに併せて大地へと落ちていく。
落ちていく時もありとあらゆる色を飲み込みながら。
ぶつかる直前、全世界が一瞬、真っ白に輝き、塗りつぶされた地図が彼女の視界に広がった。
その直後、彼女は意識を失って、地面へと落ちていった。
——そして、辺り一面が暗闇に包まれた。
◇
それからどれくらい経っただろうか。
世界が揺れているような気がして、少女は目を覚ました。
「……あれ。私」
薄暗い世界、廃墟が広がる世界。
「そっか、私。死んじゃったんだ。」
ただ、何故か温かい。しかも頬が少しくすぐったい。
この感覚は何時ぶりだろうか。
「死んでないぞ。俺がナイスキャッチしたからな。高く飛びすぎだ。」
その声を聞き、少女は一度目を剥き、そして半眼になった。
「お兄ちゃん‼……ってことは、やっぱ私、死んだんじゃん。」
ただ、死んでみるのも悪くないと思った。
そういえば彼の体に触れた事は、一度も無かった。
できれば、生きているうちが良かったが、今おんぶされているらしい。
「はぁ……。これが死んでないんだなー。まぁ、人類は敗北して、色んなものを失ったみたいだけど。」
敗北したらしい。
記憶が確かなら、その原因は。
ただ、彼女は彼に聞いてみることにした。
「私のせい……。お兄ちゃん、私、悪い子だった?」
でも、聞いた相手を間違えたのかもしれない。
「いいや。ずっといい子だったよ。今もいい子だ。それよりも、多分俺のせい……なんだ。ジャマが言って……って分からないか。俺がずっと見えていた真っ黒い太陽からの声。ほら、いつか話したろ。真っ黒い太陽があるって」
実は彼自身も、どうしてこうなったのか理解できていない。
ジャマには、いつか彼女が壊れてしまうと聞かされていた。
でも、その理由までは教えてくれなかった。
「あぁ‼」
「そう、アレが——」
「私の髪‼灰色になってる……」
少しずつ、彼女の目が慣れて来たらしい。
そこから、しきりに髪を気にし始めた。
だから、彼女が立ちやすい場所を見つけて、彼は彼女を解放した。
「ゴメン。俺のせいで……。下手をするとそうなるらしくって……」
とても気にしているので申し訳なくなってくる。
だから、ついいつもの癖で謝ってしまう。
それにあの太陽曰く、今回の件は兄に責任があるらしいが。
彼女はフルフルっと首を横に振った。
「ううん。そうじゃなくて……。私のことどう思う?」
彼の妹が、彼女が上目遣いでそんなことを聞いて来た。
その答えは決まっている。愚問というやつだ。
「前と同じ。綺麗で可愛くて、大好きな自慢の妹だよ。」
ただ、それを愚問という方が、実は愚かだった。
今回の件は、そこに全てが詰まっているのだから。
だから、少女は目を剥き、瞳を滲ませた。
瞳の色は鈍色。ただ、この世界に色は残っていないので関係ない。
関係ないのだが、この後の少女の反応が全てである。
「えと……、私もお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんしか好きじゃない。だって、お兄ちゃんだけだよ。私を……、オミニスのことをちゃんと見てくれてたの。」
これが誰にも気付けなかったオミニスの気持ち。
どうして彼女があんなにも彼のことを大切に思っていたか、誰にも分からなかった。
少女もその答えが知りたくて、先の質問をした。
——そして、少女の読みは大正解だった。
ただ、彼は意味が分からなくて、首を傾げてしまう。
「ええっと。そんなことはないと思うぞ。だって、あんな大演説を……。あ、あの時はゴメン。俺、見えないのに取るフリをしようと思って、逆に目立っちゃって。混乱させたよな。」
彼女は思わず吹き出してしまうが、その反応こそがその理由である。
元々、彼と他の人達では見ている世界が違う。
「私が言っているのもソレ。皆に見えているのは聖女としての私、
「え?いや、それは俺には見えないだけであって……」
すると、少女はコテリと首を傾げた。
「ここに残ってた人達は、みんな死んでしまったの?」
「え……、みんな逃げてったけど。反撃に備えるとか、言いながらだったっけ。」
「ほら、私に気付きもしなかったってことでしょ?そっか、だからあの人たち、あんなことを。」
彼女は人類一、輝いていた。
そして光を失った少女に気付かずに帰ってしまった。
「うーん、そういうことだったのか。」
「そうだよ。お兄ちゃんは元々、そういうのが見えない。なのに、何回も、何十回も、何百回も、何千回も?私のこと可愛い、大好きって言ってくれてた‼」
「いや、そんなに話したことないぞ?俺、可愛いって言ったのって確か——」
「寝る前にいっつも言ってくれてたじゃん。最後の一年は全然聞こえなかったけど‼それで私、反抗期に突入したんだけど‼」
「へ……」
彼は思わず赤面してしまうが、その色も既に存在しない。
「待って‼それは流石に聞いてない‼だって、俺が聞き耳たてても、全然聞こえなかったのに⁉それ、ズルくない?」
「あの時の私は人間の中で一番耳が良かったの!それに聞き耳立ててたのも知ってる!そっか。やっぱりそうだったのね。時々、気持ち悪い時もあって、その時には睨んでたんだけど伝わってなかったのね……」
確かに、何度も睨まれていた。
チラッと見たオムニスは、結構睨んでいた。
「あー!だから、あの時、あんな時、あれの時!あんなに睨んでたのか!って、待って。いや、ちょっとあれだから。男ってそういうもんだから‼」
これが誰にも分からなかった、二人だけの会話。
完全に、一方的なものだったけれど。
それでも、彼の行為……、ではなく彼の好意は間違いなく、オミニスの心を満たしていた。
彼女にとって、寝ている時が一番楽しい時間だった。
「それは……、もういいから。とにかく私はずっと
少女が彼の胸に飛び込んで、お揃いの色になった髪をぐりぐりと押し付ける。
彼はそんな可愛い妹をぎゅっと抱きしめた。
「俺達二人が原因だな。黒曜星の話だと、俺が闇落ちして、オミニスがそんな俺を心の中で高笑いしながら、可哀そうにって言わなきゃダメなんだって。だから俺に憎めだの、羨ましめだの言って来てた。でも……」
「うん。そんなの無理に決まってるじゃん。私、お兄ちゃんが大好きだもん。」
「だな。俺もオミニスが大好きだ。」
つまり、邪法は彼らには通用しなかった。
本来ならばオミニスが最後に行った行為をニュールがする予定だった。
その結果、生まれたのが黒塗りの世界である。
それで禁忌の邪法と呼ばれていたのだが、
そちらの事実のみが、滅びゆく人類に残されていた、というのがオチである。
◇
「目が慣れてきた。お兄ちゃんにはこんな風に見えていたのね。」
「俺もここに来て分かったんだよ。魔物にはこう見えていたんだなって。」
真の闇になったから気付けたこと。
じんわりと光って見える男たちが建物に隠れている。
「ゲイン」
「ふぇ、その声はニュール?」
「今はオムニスの一撃で魔物が逃げてる。俺が背を押すからその方向に走れ。他のみんなもだ。」
「
この世界の人間は皆、
そこでニュールと灰色になったオムニスの顔も照らされる。
「私が元聖女って気付かなかったね」
「ほんとだ。ただ、瞳の色と髪の色が変わっただけなのに」
魔力の器を
「私を見てたのはお兄ちゃんだけ、ちゃんと証明されたわね。それより本当に私たち襲われないのね。私たちって本当に生きているの?」
力のないニュールが活躍できていた理由がソレである。
「さぁ。俺はずっとこのままだったから多分生きてる。黒曜星の加護を受け続けていたらしい。最後の一年なんか、丁寧に他の加護を取り除いて、黒曜星の加護だけを受け取っていたんだってさ。そんで聞いた話だけど——」
ニュールは暗闇で聞いた話を妹に聞かせる。
ただ、彼女はそれに気付いていたらしい。
「そうね、勝った勝ったって勝手に盛り上がってた。貴族の為だけの安心安全の為の計画でね。」
黒曜柱に辿り着くまでは数対数の戦い。
ただ、目的地周辺に辿り着きさえすれば、平民兵は逆にお荷物になる。
戦場のルールが突然、ゼロサムゲームへと切り替わる。
「
今になってみれば分かることだけれども。
「真っ黒な太陽は魔力が無くても生きていけるという救いの手だった。見えていたのは俺だけだったけど。どこかで歴史が変わってしまったんだな。」
「黒曜星は、戦になると突然現れる真っ黒い太陽。ヤハギーグ魔王国が大昔に作り出した、と歴史では改変されているわね。まさか、私の手でそれを生み出しちゃうなんて。」
何とも言えない結末。
最初の人間は魔法なんて使えなかったのだろう。
「ということは、俺達は魔王国の魔物扱い?」
「そうね。……でも、今の私たちには関係ない。逃げるが勝ちでしょ?」
そこで青年の両肩が飛び跳ねた。
彼女の顔が間近にあったから。
「あ、あの。だ、大丈夫……かな。」
「同じことを繰り返すか、魔法を捨てればいいんじゃない?」
更に青年の肩が飛び跳ねる。
彼女の唇とぶつかりそうになったから。
「……いや、そっちじゃなくて。俺達……さ。」
「私たちって、人間じゃないんでしょ?それに法律上の問題もない……、でしょ?」
ユグドラシル家の人間ではなく、平民。
法律上は他人である。
「俺はオミニスにあんなことをさせた人間を許せないし。」
「ニュール。私たちは私たち。ね、いいでしょ?」
ニュールは栄養が足りなくて、あまり身長が伸びなかった。
ただ、そのお蔭でこのまま大好きなオミニスと唇を交わせられる。
「兄妹とか、双子とかは禁句だからね。」
「オミニスはオミニス。俺の大好きなオミニス」
「ニュールはニュール。私の大好きなニュール」
見せつける相手はいない。
とんでもない茶番を十七年も続けて、その結末がこれである。
結局、俺は幸せ者だったって話だ。
この後どうなるか分からないが、真っ黒な太陽が教えてくれる。
今までの世界が眩しすぎただけだったと。
だから、二人はこれから灰色の世界で生きていく。
世界を救うべく生まれた全てを持つ聖女と何も持たない灰色の男 綿木絹 @Lotus_on_Lotus
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