第6話 人間は案外戦える
聖戦の一匹目を仕留めたのはニュールと東サイルヒレン地区の農民兵であった。
その様子を見ていた周りの農民兵も、そのやり方を真似て魔物を釣りだしては一斉に叩きのめしていく。
「おおおおおお‼俺達にもやれるぞ‼」
魔物は人間を発見すると真っ直ぐに突っ込んでくる。
まだ壁の外だから、そこで一旦停止をする。
だから、今のところは楽勝だった。
「あ、光が動き出した。」
つまり後ろにいる術者が移動を始めたサインである。
その辺りの説明は日が昇っている時に行われた。
そして、最も大きな月であるオミニスの光が一番遠くまで照らしている。
だから、農民兵の大半はその光を頼りに前進する。
一応、術者に連絡する係もいるが、まだ始まったばかり。
オミニスを含む術者はゆっくりと歩いて行く。
ただ、聖女様の月光は余りにも明るくて、半径が1kmも照らされる。
だから、暗黒部分の見える範囲が急速に拡大していく。
「うげ……。こんなにもいる。」
ゲインが壁を通るか通らないか、戸惑いながらそう言った。
そんな中、小石を拾いながら、灰色の髪の青年が平然と一歩前に踏み出た。
「もしかして俺、一番乗り⁉」
「お前……。一番槍ならまだしも、それって全然自慢じゃないし。」
「ほんとだよ。そんなことで威張んなし!」
ニュールが持っている一番大きな武器は、とにかく前向きなところだ。
全人類の中で最も無能、だがとても前向きで超楽観主義者。
どうしてそんなに前向きになれるのか、実は皆が首を傾げている。
「えー。いいじゃん。俺、仕事してるし!」
そして周囲の人間、つまり東サイルヒレン地区の農民兵が壁に入ったところで、彼は別の魔物、今度は犬かオオカミのような何かに石を投げた。
「いいって!まだ、仕事すんなし!」
既に漆黒の壁を通過しているので、魔物は足を止めない。
だが、それでも長槍の集団暴力によって、呆気なく潰れた。
「皆、凄いじゃん!訓練された兵士みたい‼」
前を行く、調子に乗る青年に背中を押され、皆も活気づいて来る。
「当たり前だって。ちゃんと訓練してたんだから‼」
「あ、そか。さっきの話だとほとんど一年前に決まってたんだっけ。」
彼が引き篭った直後に決まった話だった。
だから、右も左も分からなかったのかもしれない。
「そういうことだ。だから、俺達は……、って!投げんなし‼」
「え、ゴメン。みんなのこと、カッコよいなって思って。正直、羨ましい。」
彼は知っている。
皆が戦えるのではなく、自分が戦えないのだと。
だから、本当にみんなのことがカッコよくて堪らなかった。
「お前の為にやってんじゃないからな。」
「そうだ。俺たちは俺たちの家族の為にやってんだよ‼」
ニュールが石を投げ、彼らが滅する。そしたらニュールが彼らを誉めて、また石を投げる。
これを何度か繰り返せば、魔物の行動パターンが分かってくる。
「ニュール。マジで今は待った。これ、教本通りじゃん。おい、みんな。こいつらマジでワンパターンだ。」
地区の誰かがそう言った。
ニュールの遠い記憶だと、ジャンという名前の男。
「確かにな。俺達やれるんじゃね?」
続いてゲインも確信を持った。
ニュールは勿論知らなかったが、実は意外とやれる、が正解なのだ。
勿論、ちゃんと列を組んで長槍で戦えばの話だ。
負け続けた人類は、ちゃんと戦い方を後世に残していたのだ。
おかしいことを言ってるか、いや言っていない。
何度も出ている月の女神ルネシスの加護。これが無ければ彼らは絶対に勝てない。
そして、それが故に負け続けた。
つまり、
◇
聖女は両手を掲げながら歩いていた。
彼女は漸く壁と呼ばれる界面を通過したばかり。
「オミニスちゃん。無理は禁物だからね!」
橙髪の美女リリンシアが聖女に声を掛ける。
ただ、昼間の苛立ちを引き摺る彼女は、その声掛けに無視を決め込む。
「聖女様、周囲は私共にお任せください。」
「けっ。王子様が居なくても、俺だけで守ってやらぁ。」
どんなに周りが盛り上げようとしても、彼女は無視を続けていく。
成程、これが貴族というものか、なんて考えたりもする。
「領地を持たず、領民も持たず、爵位のみの存在。こういうことだから生き残れるのね。」
そんなニヒリズムに浸りながら、ただ歩く。
勿論、月の光を絶やさないようにしながら。
「家族……であれば、また違う感じだったのかな」
これは自分で選択した道、そう言われたことがある。
偉大なる父、聖騎士ネビラス・ユグドラシル。
偉大なる母、大賢者アルケネ・ユグドラシル。
二人も若き日に似たようなことをしたと聞いた。
その時はただの調査団で、聖戦のような大規模なものではなかったらしいが。
今、彼女の父と母は別動隊として、北側を動いている。
母が月を打ち上げて、父が母を守っている。
二人が調査団に居た時も同じ役割だったらしい。
貴族の社交場で出会い、そして愛し合い、支え合いながら共に戦った。
「その愛の結晶が私?……笑わせないでよ。」
「オミニス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。この程度で私が疲れるはずないじゃない。」
以前、貴族とは何かと聞いたことがある。
そして、
確かに、このような戦い方をするのであれば、貴族とは貴い存在であろう。
確かに、このような戦い方しかできないのだから、貴族とは特別な存在だろう。
でも、以前に父に言われた。
母に怒鳴られた。
その時言われたのが、過去の偉人は自分よりも遥かに強い
「その者は最後まで月を作り続けたのでしょうね……」
ずっと自分の世界に浸っている。
周りが護衛してくれるから?
周りの優秀な貴族の子らが活躍しているから?
そんなことはない。
彼らは何もしていない。
この辺りの魔物は既に農民兵によって駆逐されている。
「この
「まだ、あの平民を気にしているのですか?」
「ちょっと飛ばしすぎじゃないの?半径1kmも必要ないんじゃない?少し力を抜いてみては?」
過去の偉人が残した記録によれば、一定区域に黒曜柱という柱が立っているらしい。
それを破壊すれば、その区域の
そして長年の調査の結果、おおよその位置は特定されている。
ただ、そのおおよその半径が30kmもある。
だから、ユーゴとセシリアの言っていることは正しいのかもしれない。
だからこそ、貴族とは何なのかと思ってしまう。
結局、力尽きる少し手前で、多くの民を犠牲にしてしまうのだ。
過去の偉人よりも力が弱いと言われたのは一年前。
今はそれに類するか、それ以上と言われている。
「愛する者であれば、違っていたのでしょうか。」
少なくとも、こんなに苛立ちはしなかっただろう。
ただ、聖女となるべくして生まれ、聖女として教育を受け、聖女として成長をしただけ。
そして、ずっと言われ続けてきた。
『パートナーを見つけなさい』
それは両親が自分を愛していたからの言葉だった。
この苦難を共に乗り越える為のパートナーか、それとも。
だから、偉大なる父と尊大なる母が自分を産んだ。
——ならば、疑問が残る。
「子を残せば助かる。それならばどうして、……私に類する者がこの時代にはいないのでしょうか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます