第5話 人類の戦い方

 人間は月の女神ルナシスの加護を受けて、夜に成長する。

 加護を最大限に活用出来るのも夜である。

 だから、戦いに臨むのなら夜の方が良い。


 魔物との戦いに夜目が利かない人間が夜に戦うなど、馬鹿げていると思うところだが、この世界の常識は違う。


 黒い壁からはみ出してきた魔物退治の場合は、昼間でも良い。

 ただ、黒い壁の中に入れば、昼も夜も変わらず真っ暗なのだ。


 あの空間に入れば、太陽の明かりは無くなり、月明かりも無くなる。

 それでも、太陽と月が昇っていることは揺るがない事実である為、黒の壁の先に行く場合は、加護を受けられる夜を選択する、と過去の歴史が語っている。


「聖女様。少し休まれますか?ご気分を害されたようですので、僕はとても心配です。」

「そうですよー。ウチもあんなのされたらイラっとしますって。」

「うん。アタシ的にもあれはねー。聖女様にアピールしたかったんじゃない?」

「だな。俺の聖女様の素晴らしい演説に泥を塗りやがって。」


 ここは東トッタ地区のとある貴族の家。

 そこで黄金の世代たちは夜まで休息をとっている。

 そして。


「ちょっと、あんた達煩いわよ。あんた達に何が分かるってのよ。これは私の初陣なのよ?」


 聖女様は苛立っていた。

 黄金の世代として集められた五人の前で、彼女は椅子に寄り掛かって全員に白い眼を向けていた。


「わ、私の責任ではありません。私はちゃんと追い払ったつもりですから。」


 銀髪の青年ユリウスは白い眼を向けられて、慌てて釈明をした。

 流石は王子様だけあって、飛び跳ねた人物を特定していたらしい。


 その言葉で皆も察し、各々に苛立ちのポーズをした。


「あー、あいつか。あの道中で遭遇したすっからかんの男。」

「あんなのがはしゃいでたんだ。うっわ。気持ち悪……」


 ルドルフ・オルディン、リリンシア・ズノールも後に続く。

 ただ、聖女はまだまだ、ご機嫌斜めである。


「絶対にお父様とお母様の仕業だわ。そしてあんた達の誰かが通じているってことも分かった。」

「僕じゃないですよ!僕はオミニス様に忠誠を誓っております。」

「ウチもです!ウチもオミニス様に絶対忠誠だもん‼」


 ユーゴ・バムート、セシリア・フエンルリもそれに続いた。

 全員が自分ではないと言い張った。

 ただ、聖女であるオミニス・ユグドラシルを騙せる筈がない。

 彼女は白髪の優男、バムート伯爵の息子であるユーゴ・バムートが、父ネビラス・ユグドラシルと通じていると見抜いていた。

 けれど、彼女は口には出さずに、ただ溜め息を吐く。


「いいわよ。そっちがその気なら、私だって本気で行くんだから。それからユリウス!王命でアレを戦場から下げさせて。」

「それは流石に難しいです。なんせ、私の父より聖女様の方が人気ですから。貴女の魅力で集まった平民を無碍には出来ません。」

「あっそ。ほんと使えない王子ね。」

「これは手厳しい言葉ですね。あのような蚊トンボ、放っておいても——」

「は?今、王子様はなんと?放っておけと?」

「……いえ、何でもありません。」


 オミニスは聖女である。

 これは彼女が中心となる土地奪還作戦だから、彼女自身には一個人の農兵をどうこうする指揮系統はない。

 それに聖女の聖戦として始まったのだから、彼女は聖女として振る舞わなければならない。

 事実、オミニスは聖女なのだが。


「オミニスちゃん、別にいいじゃないですか。アタシたちにはどうすることもできませんよー。」


 オミニスの家庭教師の孫が言う。

 だからといって義理立てする理由はないが、彼女の言ったことはある意味正しい。


「……そうね。私が全てを照らせば済む話ですものね。私、暫く休むから。今すぐ、全員出てってちょうだい。」


 ただ、苛立ちが収まらないので全員を退室させた。

 そして五人は追い出され、部屋の中が無茶苦茶にされていく音が響き渡った。


「うわぁ。オミニス様、ブチ切れてる!」


 紺色の髪の伯爵令嬢セシリアが一枚壁を挟んで怯えている。


 黄金の世代と呼ばれる彼ら五人でさえ、オミニスを手懐けることは出来ない。

 聖女は唯一無二の存在、王も唯一無二の存在だが、その王ですら彼女を自分の意志で動かすことは出来ない。

 ただそれでも。

 部屋の中で暴れている彼女に対して、秘密の作戦が進行していることも確かだった。

 そして、それに気付かないオミニスではない。


 だから、聖女は部屋に家具にと八つ当たりしている。

 そして、家主が見たら青ざめる程に部屋をボロボロした後、彼女はこう言った。


「私がやればいいんでしょ?……やってやるわよ。私は……、その為にここまで来たんじゃない。」


     ◇


 黒の壁、暗黒の壁、漆黒の壁、いくつも名称は存在するが、実はそれは壁ではない。

 単に内側から見れば壁に見えるという話。

 誰でも、ニュールでさえ通過することは可能である。


 ただ、そこに入ったが最後、漆黒の闇に包まれてその先に居る魔物に為す術なく殺される。

 だからこそ、月力ルナフィールを多く持つ貴族が必要なのだ。

 つまり、


月女神の威光ルネシスムーンレイ‼」


 爵位持ち家系がやることは大地を照らす魔法の月を作り出すことである。

 これが貴族がいなければ、戦いにならないという理由。

 魔法でボンボンと敵を討つのではなく、平民兵に敵を視認させること。

 それが、負けを繰り返してきた中で、彼らが見つけ出した打倒方法である。


「おお!流石です。オミニス様!」


 暗黒空間にオミニスは半径1kmを照らす月を出現させた。

 更に部隊ごとに半径100mだったり、50mだったりと小さな月が浮かび上がる。

 但し、術者は月力ルナフィールを送り続けねばならず、傷つき倒れれば、直ぐに漆黒がやってくる。

 だから、月が昇っている間にその周辺の魔物を倒すことが、農民兵の役割である。


「俺が守ってやるぜ。マイハニー‼」

「気が散るからどっかに行って!」


 オミニスは月力ルナフィールを消耗させながら、ルドルフを蹴飛ばした。


「本当よ、ルドルフ‼頭おかしいんじゃないの?オミニスちゃん、ゴメンね。はい、あんたはあっち側!」


 ルドルフはリリンシアに耳を引っ張られながら引き剥がされた。


「分かってるって。今のは冗談だ。これは歴史的反撃の狼煙なんだぜ。」

「それなら無駄な月力は使わないで欲しいな。僕たちの役割ってかなり重要なんだよ?」


 魔物は何故か術者を狙う習性をもつ、それも過去の敗北の歴史で分かっている。

 だから、それを撃退する為に能力の高い護衛が付く、それが彼女について回る五人である。

 月明かりに照らされた大地は更地ではない。

 過去の地図である程度分かっていることだが、廃墟だったり森や山だったりする。


 今から、聖女様が歩むのは廃墟が並んでいるエリアである。

 物陰に魔物が潜んでいるかもしれないから、月力を多く持つ五人も油断は出来ない。


 ——絶対にオミニスを失ってはならない。


 彼女に子が出来たとしても、彼女と同等以上である確率は低いとされる。

 数世代後に生まれたとて、その時人間の領土はどの程度残っているか。

 領土と人口はある程度比例するのだから、彼女を失えば人間の歴史が終わる。


 だから皆、必死なのだ。


     ◇


「わ!びっくりした‼これが聖女様の力!月よりも明るいんじゃね!」


 一人、はしゃいでいる平民が居た。

 他の人間にとっては、打ち上げ花火のように魔法の軌跡が見えていた。

 ただ、彼には突然空に月のような天体が生まれたように見えた。

 だから、一人だけ時間差で驚いている。


「分かってるよ。それよりなんだよ、こいつら‼」


 それぞれの部隊で、最も月力ルナフィールを持つ人間が、月を打ち上げる。

 その人物は間違いなく貴族なのだから、その親族が術者の周りを警護する。

 術者周辺以外、つまり殆どの魔物と戦うのは平民兵である。

 

 オミニスが放った月魔法により、暗黒部分が上から照らされた。

 そこに居たのは、ぱっと見で野生生物であった。

 ただ、彼らが知っている生物の数倍の大きさで、爪や牙も巨大化されている。


「話には聞いてたけどでけぇな……。えっと俺の仕事は石を投げる……だっけ。」

「わ!馬鹿!急に投げるな!」


 ゲインが慌てて彼を止めようとするも、既に手に石は残っていなかった。

 だから、その石が当たった魔物が飛び掛かって来る。

 巨大げっ歯類のような魔物だった。


「化け物が来た!皆行くぞ‼」


 ただ、人間側は全員まだ壁の外。

 その魔物は術者の月と本物の月の力を受けて動きを鈍らせた。

 そして、見事に皆から長槍でぶん殴られて、呆気なく撃破された。


「おおおお!なんかよく分からないけど、行けそうだぞ‼」


 つまり、聖戦の物理的な火蓋を切ったのはニュールだった。

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