第3話 東トッタ入り
同じ平民なのに、彼らの方が詳しい。
ニュールは溜め息を吐いて、先輩方に教えを乞う。
「問題って?」
「取り返そうとすると、逆に奪われるからだよ。だから、こんなにも領地が少なくなってしまった。北の山岳の向こう、東、西。全部壁が見えるだろう?」
「あそこまでしか俺達人間は住めないってマジで終わってんだろ。だけど、今回は違う。聖女様と黄金の世代と呼ばれる貴族様のお子さんが立ち向かわれるんだ。こりゃ、ひょっとするとひょっとするかもしれねぇ。」
「そう。俺たちの国の領地を増やせるかもしれないんだ。ほら、ニュール見ろ。どんどん人が集まっているだろう?これが聖戦だ。国の未来の為の戦いだ。」
うんうん、とニュールは楽しそうに頷いた。
だって、あの聖女様だ。皆にもこんなに期待されている聖女様。
彼女がいるから、人がこんなにも集まっている。彼女は人間の希望の光なのだ。
「そっか。聖女様か。」
会話の途中で大切な話があったような気もするのだが、やる気満々の知り合い二人を見ていると、嬉しくなってしまう。
聖女様はこんなにも慕われている存在。
何も持っていないニュールでも良く知っている存在。
「おい!ここで一旦止まれ。今住んでいる地区と名前を言え。」
ニュールは彼らと一緒に歩いて、いつの間にか兵士が並んでいるところに立っていた。
兵士によって堰き止められているせいか、凄い人だかりだった。
途中、農園があった気もするが、東トッタはまだ先。
いや、ここから先が確か東トッタ地区だった。
「はい!北サイルヒレン地区、トム。」
「北サイルヒレン地区か。それじゃああっちだ。今回は聖戦だ。槍を一本持っていけ。ちゃんと間合いを見るんだぞ!」
「へー。長槍が支給されるんだ。こりゃ、王様もやる気まんまんだな。俺、東サイルヒレン地区のゲインっす。」
「お前はあっちだ。生き残るのは多い方が良い。ちゃんと距離をとって戦うんだぞ!」
トム先輩は北西方向に行くらしい。
ニュールの記憶ではあそこは体格に恵まれていた若者が多かった。
そして過去に俺を虐めていたゲインは真っ直ぐ西へ行くらしい。
それにしても、毎回アドバイスをしている子の兵隊さんは、なんて優しいんだろう。
「ここから先が東トッタ地区か。俺の新天地。」
ニュールは他人事で二人を見ていた。
地図ではこの先が東トッタ地区、つまりニュールが目指していたアテラマース王国の辺境だ。
「そか。辺境だから防衛の為に槍を。んー、でも俺は体力ないしな。」
彼は村人の防衛対策で配られていると思っている。
「お前はどこの人間だ?」
そこで灰色髪の彼ニュールは、鈍色の瞳を丸くして固まってしまう。
この受付の意味を理解したからではない。
単に、彼自身が追い出された身だったからだ。
「えっと。俺は家を追い出されて、それで無職で……。ここに新天地があると聞いて来たんです。」
「成程、新天地狙いの訳あり……、いやなんでもない。結構、そういう奴もいるからな。それじゃあ、お前も真っ直ぐ西だ。長槍を……、っておい!長槍を‼……ちっ、聞いてねぇ。」
だが、あっさりと彼も通過する。
そして、うっかり長槍を取らずにゲインのところまで走っていった。
「ここから先が新天地か。あっさり来ちゃったな。あとは俺を雇ってくれる牧場か農場を探すだけ。」
そんな呑気なことを言いながら、彼は先を行くゲインを目指す。
ゲインが小走りになっているので、ニュールは懸命に走らないと追いつけない。
そして、彼の旧友が後ろにニュールが居ることに気が付いて振り返った。
だから、長槍の先端がニュールの前を通過した。
「わ!怖!それ危ない奴じゃん。あの兵隊さんが配ってた槍?」
「おう。だって新天地が切り開けるんだ。それくらいやってくれるみたいだな。つーわけで、俺の足引っ張んなよ。ってか、お前。槍持ってねぇじゃん‼」
「え。俺はゲインの足……」
「何、俺の足を見てんだよ。そういう意味じゃねぇし。まぁ、確かにお前に槍は無理か。でも、一応は顔見知りだ。戦っているフリだけはしてろよ。」
確かに、そんな長い槍を持ったことは無い。
持ったところで振り回されるのがオチだ。
それに彼はまだ気が付いていないのだから、仕方がない。
ただこの一言は流石に、何も知らない彼でも耳を疑うものだった。
「分かっていると思うけどよ。逃げたら殺されるぞ。だから連中に逃げたと思わせんなよ。」
「殺される?俺は戦うつもりないけど?」
「……分かってるっつーの。でも、あんま大きな声で言うな。非力で足の遅いお前じゃ、多分死ぬ。だから、戦いに参加をしているフリをするつもりなんだろうが、それを上手くやれってことだ。バレたら殺されるぞ。」
そこでもう一度。
「魔物に殺されるんじゃない……ってこと?」
「当たり前だ。聖戦だぞ。みんなが未来の為に命を賭けてんだ。そこから逃げ出すのは背信行為。貴族の私兵に殺されるんだ。」
ついに彼は聖戦の意味を知った。
「え。俺は……」
「お前だってそのつもりだったんだろ。東トッタ地区に行くつもりって言っていたろうが。ここは聖戦の拠点だ。」
それが先の受付だった。
皆、戦うと分かっていて並んでいたのだ。
貴族に対して、あまりにも非力な平民たちが。
「特に今回は聖女様が居られる。王様の命令じゃない。あの聖女様が直接指揮をされるんだ。だからこんなに集まってる。俺だってそうだ。ここから逃げる行為は聖女様に対する背信行為だ。もしかしたら督戦隊じゃない平民にだって殺されるかもしれないぞ。」
ゲインの顔は真剣そのものの、そして少しだけ哀れんだ顔。
そういえば、先に聖女様も西へ向かうと言っていた。
全てが繋がる、全てが理解できる。
だから、何の力もない青年は彼の真剣な顔に笑顔で応えた。
「おい。俺は真面目に……」
「うん。分かっているよ。ゲイン。でも、俺……。いや、俺も聖女様を尊敬しているんだ。教えてくれて有難う。」
ニュール、彼も熱心な聖女信者である。
この戦いの意味を知ったことで、彼の心に灯がともった。
「はぁ。これでやっと意味分かんだろ。全くよぉ。」
「いやいや。ほんとゴメン。俺、一年間も引き籠ってたからさ。外がどうなっているのか分からなかったから。」
「一年か。それなら無理もねぇか。……俺たちの聖女様は壁が迫ってくる中での安寧ではなく、それを打ち壊す未来を選ばれたんだ。」
黒い壁を打ち破る戦いを繰り返してきた人類は、それを打ち破ろうとする度に返り討ちに遭い、更に領地を失っていた。
だから、この戦いに敗れたら更に国土が狭くなる。
人間が大人しくしていれば、数世代先まで細々と生きられるのかもしれない。
でも、聖女は細々と生きる閉じられ行く世界ではなく、闇を照らす道を選択をしたのだ。
「そっか。一年の間にそんなことがあったのか。それなら俺も戦うしかないな。」
それだけで、彼が戦うには十分過ぎる理由だった。
そんなやる気に満ちた青年を見て、昔彼を虐めていた男は苦笑いを浮かべた。
「けっ。何を今更。だから、お前はここにいるんだろ。俺だってそうだ。負けたら恐らくサイルヒレンの手前まで黒い壁が迫ってくるって話だしな。だから、戦えるやつがここに来た。……つーか、戦うってお前。槍持ってねぇけど。どうすんだよ。」
「な!そうだった!あー、ここから走って戻って……」
ただ、やはりニュールはダメな子なのだ。
「だーめーだー!さっきの俺の話聞いてたか?それにお前には槍なんて使えねぇだろ。その辺の小石でも投げてりゃ、戦っている風には映るだろ?」
そして、ニュールは——
「そっか。俺には持てないんだった。じゃあ、それで行く!どうにかなるよね!」
——とっても前向きな子なのだ。
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