第14話 彼女の反抗期
朝から聖女様はご機嫌斜めだった。
湯浴みも適当に済ませて、祈りも5秒で済ませる。
「オミニス様、これは?」
荒れ放題の髪の毛を見て、侍女が血相を変える。
「私の何がダメなの?私はパートナーを見つけようとしたじゃない‼」
侍女ルルセは今の言葉で彼女が荒れている理由を理解した。
「奥様と旦那様の愛情ですよ。」
その言葉に十六歳の少女は目を剥いた。
その眼力だけで、伯爵家の娘ルルセは尻餅をついてしまう。
「何、それ。何か知っているの?」
確かに少女は荒れている理由を話していない。
ただ、ルルセにはそれがどうしてなのか、直ぐに気が付いた。
彼女が朝から荒れているのだから、アレしか考えられない。
普段から、ご機嫌斜めな彼女だが、寝る時と起きる時だけは違っていた。
「私はオミニス様担当です。何も存じあげません。ですが、旦那様と奥様のことです。オミニス様の為を思ってのことに違いありません!!」
ある程度想像は出来るが、聞かされてはいない。
アレの管理をしているのはこの屋敷の人間ではないのだから。
「私の為じゃないでしょ。聖女の為でしょ?」
「聖女の為でもあり、オミニス様の為でもあります。旅の仲間を探そうとしているとか……。ヒッ‼」
「それが私の使命ですもの。もう、いい。ご飯食べてくる!」
悲鳴を聞いて、十年以上も自分の世話をしてくれた彼女が震えていることに気が付いた。
それに決定権のない彼女は何も悪くない。
だから、少女は彼女から午前用の服を剥ぎ取って、姿見の前に立った。
そこで自分がとんでもない形相をしていたことに気が付く。
瞳が黄金色に輝いて、鬼の形相。流石にこれでは怯えられる。
「えーっと髪の毛は……。もういい!面倒くさいし分からない‼」
髪はぼさぼさ、服はよれよれで大股歩き。
こんなオミニスを見た者はいない。
ただ、この家で彼女に意見出来る者が居ようはずがない。
彼女の両親以外に彼女を止める術を持つ者は居ない。
「あそこで待ってたら大丈夫。あそこに行けば大丈夫だもん‼」
少女が向かうのは大部屋である。
そこで一家団欒の朝食が待っている。
昨日ははぐらかされたけれど、先に食べただの、見ていないだのと言われたけれど。
「オミニス、おはよう」
「おはよう、オミニス!」
笑顔の二人と父付きの侍従と母付きの侍従しかいない。
昨晩と同じく、木箱さえも置かれていない。
ただ、少女には考えがあった。
——物凄く幼稚な考えではあるが。
「……」
「…………」
「………………」
ここに来て、両親を無視すること。
彼女が頂きますを言わなければ、いつまでも朝食会は始まらない。
十六歳の少女、反抗期が来てもおかしくはない。遅すぎるくらいだ。
まぁ、確かに。彼女は社交性など持ち合わせていなかったから、薄くて長い反抗期をずっと続けていたとも言えるけれど。
「……オミニス。お祈りを。」
「オミニスちゃん、頂きますしょうか?」
それでもひたすら無視を続けるオミニス。
ただ、この先に待つのが少女にとっての絶望とは分かっていない。
だから、半時以上もだんまりを続けた結果、少女の母が口を開く。
「あらあら。今日はご機嫌斜めなのね。それじゃあ、お母さんが頂きますのお祈りしますね」
ダン‼
その言葉に思わず机を叩いて、立ち上がるオミニス。
そして。
「待ってよ‼まだ揃ってないでしょ⁉全員揃わないと一家団欒じゃないじゃん‼」
無視作戦は呆気なく瓦解する。
だから、彼女が堰き止めていた不満が溢れてくる。
「どうしていないの⁉何があったの⁉ニュールは何処にいるの⁉ニュールがいないと全員揃わないじゃん‼」
今度は地団太を踏む。
彼女も幼児のように床を叩き踏む自分が、十六になる自分の中にいるとは思っていなかったが。
それでも、二人はこの国の重要な役員である。
「オミニスちゃん。一体何?全員揃ってるじゃない。ねぇ、貴方。」
「あぁ。そうだな。では私が頂きますの祈りを捧げるか。いただき——」
「止めて‼私を舐めないで‼」
夫妻には責務がある。
彼女はどちらかを選択しなければならない。
そして、彼女の親である限り、彼女を守りたいと考えている。
「貴女こそ舐めないで‼」
ここで少女は初めて母親から叱られる。
あんなに優しくて、いつも自分を甘やかしてくれる母はここには居ない。
「……サリー。外してもらえる。」
「ブラムも下がりなさい。」
侍従を部屋から出て行かせる父と母。
二人の真意は彼女には分からない。
「何?私に文句があるわけ?ずーっと言いつけを守ってきた、この私に?」
オミニスにも意地がある。
ずーっと二人が課していたことはやってきたつもりだ。
それに既に二人よりも強いという自覚もある。
「オミニス。お前が言うニュールという人間は存在していない。」
「最初からいないの。いい?分かった?」
「居るもん。何を言っているの?二人の子供だよ?私のお兄ちゃんだよ?」
少女には分からなかった。
いや、今まで考えることを放棄していたのかもしれない。
いつか、と。
「オミニス。私が舐めないでって言ったのはね、……外の世界を舐めないでって言っているの。」
更には父親も。
「私達より強くなった。それは認める。だが、歴史を紐解けばお前よりも強かった勇者も聖女も魔法使いも存在している。」
その言葉に目を剥くのは、やはり幼き少女の方だ。
「何……それ。それじゃあ何の為に今までやってきたか分からないじゃん。」
「それは貴女が選択出来ていないからよ。」
勿論、夫婦にも誤算があった。
オミニスの『
それでも、二人は彼女の為に選択を迫る。出来れば、こちらを取って欲しいという選択を。
「オミニス。お前に残された道は、その
「私達は貴女に生きて欲しいの。逃げたと思われてもいいじゃない。子を残せば次の世代がきっと解決してくれる。」
これがルルセの言った両親の愛の意味?
「だから。それじゃ……何の為に……」
そして当然、少女には分からない話。
「私達は既に選択したのだ。アルケネが双子を身籠ったときに、片方を生贄に捧げると。」
「あの時はそれが正しいと思った。……でも、新たな世代が生まれたの。黄金の世代と呼ばれる
少女の瞳が揺れた。
二人は選択したと言った。
いや、それだけじゃない。記憶の引き出しをいくら探しても、この二人から『ニュール』という名が出たことは一度もない。
ニュールとは兄を世話をしていた人間が言っていただけ。
二人の中では最初から兄は存在していなかった。
「どうして……どうして私が死ぬ前提なの?だって、私は誰よりも強いし。誰よりも月力を持っているのに。」
「だが、まだ足りない。そして今回の事がお前を更に強くする為と言ったら?」
いや、これこそがルルセの言った両親の愛の意味だった。
二人はオミニスを選んだ、それだけだった。
「私が戦わず、子を残せば——」
「あれが人の形をしていなかったら、どれだけ良かったことか。変に同情などせず、変に人の言葉を覚えさせず。」
「最初から、こうしておけば良かったんだ。最初から閉じ込めておけばよかったんだ。ずっと暗闇で動物か何かのように扱っておけば良かった。」
「それなのに、アレはずっとへらへらと……。私たちの気も知らずに……」
「全くだ。情などかけなければ良かったのだ。」
元々はオミニスが売った喧嘩だった。
だが、両親は突然、兄の悪口を言い始めた。
もしかしたら、そこに愛はあったのかもしれない。
でも、今のオミニスには気付けない。
少しずつ、カラフルな髪が逆立ち始め、食器類がナイフやフォークが浮遊していく。
ユグドラシル家の崩壊が今まさに始まろうとしていた。
その時。
「待ちなさい‼」
実は、オミニスの幼稚な無視作戦がファインプレイだったのだ。
オミニスは午前中、家庭教師から学問を学んでいる。
そして、侍従たちが彼を見つけて事態の収拾を頼み込んでいた。
「オミニス嬢‼お待ちなさい。後、一年辛抱すればいいだけなんじゃ‼」
ご老体に鞭を打って走ってきたのか、彼は肩で息をしながらそう言った。
そして彼、大賢者グレート・ズノールは項垂れながら、当たり前だった筈のキーワードを口にした。
「成程。禁忌の邪法とは言ったものじゃ。ここまでの事態になっておったとはな。ユグドラシル侯、どうしてその話を先にせぬ。十七年を経過した後、彼の者を家から追い出せば、術式は完成する。それは知っておったろうに。」
後一年待てば、彼は自由の身になる。
邪法が完成すれば、そこから考えればよい。
それなのに、危うく親娘の殺し合いが始まるところだった。
彼、彼女らはそれを知っていた筈なのに。
「一年?」
少女が漸く、一言だけ発した。
「左様。但し、その間に絆を交わしてしまうと全てが無駄になる。邪法の失敗、つまりは
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