第43話 決闘
ダイコクとシズルにしっかり怒られたローザは、気がついたアイナの手をキュッと掴み、少し涙目になって、アイナにどこかに連れられて行った。
連れられて行くローザの狼のような尻尾からすっかり落ち込んでしまっているのが分かる。
その後、ラナとメテットは意識を取り戻し、ダイコクから詫びの言葉をもらった後、決闘の時間を決め、シズル、ラナ、メテットは宿の中の一室を借りることになった。
「わぁ……ここはシズルと出会ったあの部屋と似ていますね。なんだか懐かしい感じがします」
その部屋は、床は畳となっており、身だしなみを整えるための大きな鏡、座布団、ちゃぶ台などが置かれている。その他にも、押し入れや、縁側がある。縁側から見える太陽は真上の位置からから少しずれていた。
「まぁ、出身が同じだから似るんでしょうね。でも……」
シズルはちゃぶ台の上を見る。湯呑みと急須、お茶っ葉を入った小さな壺、そして2本の巻物がある。湯呑みの下にある茶托は平べったい手裏剣であり、巻物にはそれぞれ『水遁』『火遁』と書かれている。おそらくだが、ちゃぶ台の上にはそれしかないので、『水遁』で急須に水をいれ、『火遁』の巻物を使って急須を直接火にかけて温めるのだろう。
シズルは2本の巻物を手に取り、苦い顔で見つめる。
この明らかな忍者感を匂わせる道具にシズルはコルネの顔を思い浮かべる。
「……これは流石になかったわよ……あの猫忍者、コルネって言ったかしら。後でちょっとお話する必要がありそうね」
「まぁまぁ、シズル。とりあえず使って見ましょうよ。忍術ですよ? ワタシちょっと楽しくなってきましたよ」
「メテットもこのホシのノみモノにキョウミあるしな。シズルはいるか?」
「……私はいいわ」
そう言ってシズルはラナとメテットに2本の巻物を渡す。
そしてシズルは縁側に立ち、外の景色をただじっと眺める。ダイコクとの決闘に集中しているらしい。
戦闘に関することにおいてシズルがここまで集中しているのをラナとメテットは見たことがなかった。
「「…………」」
ラナとメテットは互いに顔を見合わせる。ラナはシズルの後ろ姿を見てもやっとしてしまう。
(……何か、ワタシは、このままではいけない気がする)
シズルに話しかけたいのに、何故かラナは話しかけることが出来ない。
(……後ろめたい。これは……)
「……ラナ、メテットタチはこれでいいのだろうか」
メテットはシズルに聞こえない程の小さな声でラナに話しかける。
「メテット?」
「メテットタチはタシかにセンリョクガイ。イえるタチバではないとはオモう。でもだからといって……シズルにマモられっぱなしでいいのかな」
「……!」
シズルなら『戦うのは私の担当だから』と当然のように言うだろう。実際、シズルはそれが当たり前だと思っている。
しかし、
「……このままじゃ駄目な気がします。このままだとワタシたちはずっとシズルの隣に立てない」
「でも、シズルとダイコクのタタカいにメテットタチがカイニュウできるのか? イッキウちみたいなハナシになってたし……なんでもありとはイっていたけど」
「……だと、しても。このまま立ち止まってもいられませんよ」
「……うん。タシかに」
————
「どうしたもんかな」
ダイコクは先程帰らせた『ダイコク芸術の会』の魔物達をもう一度集め、彼らの作った作品を評価しながら、ある考えごとをしていた。
「ダイコク様? どうしましたの? 愉快な顔をされていますよ?」
『ダイコク芸術の会』No.2のアイナが、自分の作品である“ダイコク扇子”を見せながら
「おお、アイナ。いやな、どうすれば最強のシズルちゃんとやれるかをふと考えちまったんだ。今は品評会の中だってのにすまんなぁ。どうも浮ついて」
ダイコクは頭をぽりぽりとかいて照れ臭そうに答える。
それを聞いたアイナはカッと目を見開き、
「なんと。こうしてはいられません。ダイコク様がお困りよ! みんな知恵を貸して!」
アイナは品評会に集った魔物達に呼びかける。
その呼びかけに応じない魔物はいなかった。
「お? お前ら品評会は……」
ダイコクは魔物達が楽しみにしてたであろう品評会を中断して良いのかと心配したが、それはいらぬものだったと仲間達の言葉を聞き悟る。
「それはまた後で! オレ達はダイコクさんのが大事だ!」
「好きでやるんだ! 気にすんなダイさん!」
「ダイコク様。お悩みってなんですか?」
「……確かに、こういう時の為の仲間ってもんだよな。よしお前ら、知恵を借りるぜ」
ダイコクは仲間に相談することにした。
————
そして、夜はくる。
百鬼魔盗団の本拠地内はお祭り騒ぎとなっていた。
広場には石板を敷いただけのシンプルだが巨大な闘技場が出来ており、ダイコクはその闘技場の中心に立っていた。リングの周りに百鬼魔盗団の本拠地内の魔物が集まり、その数は100を超えている。
「百鬼魔盗団って名前だけど、どう見ても100体以上いるわね。まぁこんな良い所滅多にないから自然と集まるんでしょうね」
そう言いながらシズルは闘技場に歩いて行く。
「……シズル。やっぱり」
ラナはシズルに声を掛ける。
「そんな顔しないで、ラナ。話し合ったじゃない」
————
リングに向かう少し前。宿の中にて。
〈シズル〉
ラナは外を見ているシズルに呼びかける。
一瞬遅れて、シズルはラナの声に反応する。
〈あら? 何? ラナ。メテットもこっちを向いて〉
〈夜に行われる決闘なのですが……ワタシたちも、手伝わせてください〉
〈……ダイコクとのタタカいでメテットタチがデキることはスクないとオモう。でもナニもデキないわけではないともオモう〉
〈ダイコクさんは何でもありだと念を押すように言っていました。なので、これは別に反則とかにはならないと思うんです。だから……〉
〈貴女達……〉
シズルは少し悩んだ様子を見せた後、両の手を合わせて謝罪する。
〈ごめんなさい! 最初のうちは私だけでやらせてはくれないかしら?〉
〈〈え……?〉〉
ラナとメテットは困惑する。こんな断られ方をされるとは思わなかったからだ。
〈(断られるとしたら力不足を理由に断られると思っていたけど)〉
〈サイショのうちってどういうことだ? シズル〉
〈……ダイコクは、多分私より強い。悔しいけどね。でもだからこそ知りたい。戦えばつかめる気がするの。あいつが強い理由ってやつが。だから彼とは私だけでやってみたい〉
〈……シズル〉
〈まぁ戦ってもわからないかもしれないから、最初のうち。まず勝たないといけないし、私が苦戦しているようだったらその時はお願い。ごめんね。わがまま言ってしまって〉
〈……リョウカイ〉
〈 (そうタノまれてしまうと、ウナズくしかなくなるな……) 〉
〈……シズルがそう言うなら、分かりました〉
————
(とにかく今はシズルに任せる。でも……)
(これはハナしアったケッカ。……そうだとしても)
ラナとメテットはただ、シズルの後ろ姿を眺めている。
((また、ワタシは/メテットは、シズルの背中を見つめている))
「よう! 宿はどうだった?」
闘技場に上がったシズルにダイコクが少し大声で語りかける。
闘技場が大きいこともあり、シズルとダイコクの間には少し距離があったためだ。
「……色々コルネに言いたいことが出来たわ」
「ガハハ! 巻物はお気に召さなかったか。そりゃ悪い。大抵はあれで楽しんでくれるんだがな」
「あんたも一枚嚙んでたの? ……まぁいいわ。それより、こんな大きい闘技場半日で用意してくれるなんてね。宿出た時驚いたわ。広場まわりにあった建物が何件かずらされて石板が敷かれていたからね」
シズルとダイコクが立っている石板の闘技場は今の広場のスペースだけでは暴れにくいということから、ダイコクが住んでいた魔物達に許可を取った後広場にあった建物を軒並み移動させ、生まれたスペースも使って作られていた。
「俺様にとっても皆にとってもお祭りだからな。これくらいはやる。もっとも、この闘技場の外に出たからといって敗北にはならん」
ダイコクは馬車の屋形の中で言ったことを復唱する。
「確認だ。俺様の敗北条件は『意識を失うこと』、その時は百鬼魔盗団が全面的に復讐に協力する。お前らは……ってそういやそっちの敗北条件決めてねぇか? まぁ『降参と言う』ことでいいか。それでその時は俺様が復讐をもらうってことで」
「? こっちも『意識を失う』じゃないの?」
「そっちのほうが長く戦える。でだ。この勝負において反則はねぇ。支援をもらったり乱入したりしてもいい。何でもありさ。いいな?」
「……ええ。問題ないわ」
シズルの言葉を聞いてダイコクは本当に嬉しそうに笑う。
「よし……よし……! じゃあ——」
「始めようか!!」
ダイコクが決闘を開始させる。その言葉を聞き、百鬼魔盗団の魔物達が歓声を上げる——それよりも早く、シズルはダイコクに突撃しその腹に大釘の一撃を喰らわせた。
衝突したことによる轟音が鳴り響く。
「うわぁぁああああ!?」
「なんだぁ!!? え、ダイコク様にもうあんなに近づいてる!?」
「てことはさっきの衝突した音か!!? 雷が落ちたかと思ったぞ!?」
決闘を見に来た魔物達は驚愕する。
そして、これから起こる決闘は今までで一番激しい戦いとなることを理解させられた。
「こりゃあ……どっちも応援するしかねぇ!! がんばれー!!」
魔物達はシズルとダイコクどちらにも応援することにした。
そんな中ラナとメテットはシズルの猛攻を黙って見つめてていた。
見ている中でラナとメテットはある違和感を覚える。
「ラナ? ナニかヘンじゃないか?」
「はい……何度もシズルの釘の突きは当たっているはずですが……」
先程からシズルの釘がダイコクに刺さっていないのだ。
シズルは両手に大釘を持って、ダイコクに攻撃を浴びせ続ける。
しかし、ダイコクは痛がる様子もなく。戦える悦びを嚙みしめるように笑う。
「……っつ!!」
シズルは一瞬距離をとる。ダイコクはシズルを逃さない為にも急いで接近しようとするが——
「……おっと!」
ガァン!
距離をとる際にシズルが右手に持っていた大釘をダイコクに向かって投げつけており、それを腕で防いだため、ダイコクは距離が詰められなかった。
シズルは両手で一本の大釘を持つ。
左手は釘の先端部。右手は釘の胴部を握りしめる。
再度、ダイコクに助走をつけながら接近し、そして
ダイコクの左側頭部を大釘の頭部で全力で殴りつけた。
再び鳴り響く轟音。ただし、その音は先程の雷が落ちたようなあの音よりももっと大きい。なにせ本拠地が少し揺れるほどの衝撃だったのだ。その音の大きさから、ダイコクが喰らった衝撃の大きさがどれほどのものか窺い知れた。
しかし、
バキン
「……!?」
(釘が……!)
シズルの持っていた大釘が真っ二つに折れる。想定外の事態にシズルはダイコクから目を逸らしてしまった。
「オォラァ!!」
「ガッ……!?」
ダイコクはシズルの全力の一撃に全くひるむこともなく、シズルの腹を勢いよく殴打する。
その衝撃はすさまじく、シズルは闘技場の端まで吹き飛ばされてしまった。
「クゥ……グッ……!!」
「よそ見はいかんぜシズルちゃん。戦いはまだ始まったばかりだろ?」
ダイコクはゆっくりと戦闘の構えをとった。
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